『二重のまち/交代地のうた』
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<東北の本棚>震災語り継ぐ新たな形
[レビュアー] 河北新報
東京生まれ、仙台市在住の画家・作家である著者は東日本大震災後、岩手県住田町に移住し、陸前高田市で活動してきた。復興工事と引き換えに古里が消えていく喪失感に苦しむ人々を目の当たりにする。古くから現代に語り継がれる民話をヒントに、かつての街を想像してもらえるように物語を編んだ。
3部構成。1部の「二重のまち」は市内で出会った人々をモデルにした物語で、震災から20年たった2031年の架空の世界を描く。かさ上げ地の上にできた新しい街と、その地下に埋もれた古い街に人々が暮らす。春夏秋冬と季節ごとの物語が4人の語り手によって紡がれる。
「春」では「上のまち」に住む少年が、父に初めて「下のまち」に連れて行ってもらう。そこは一面の花畑が広がる不思議な世界。「ここがお父さんの育った家だよ」「このまちがあるから、上のまちがあるんだよ」。父は少年に優しく語り掛ける。道路や宅地が整備された被災地。地面の下には、懐かしい街並みが確かに存在していたことを思い起こさせる。
2部の「交代地のうた」は18年、陸前高田市を訪れた4人の旅人が現地で見聞きした内容を基に書いた。音楽好きの息子を亡くした女性や居酒屋を再建した男性の話が、四季の順に続く。当事者の話は「よそ者」を介して命を吹き込まれ、活字となって旅立っていく。震災伝承の新たな形を示している。
3部は、18年3月から20年2月の出来事を収めた「歩行録」。被災者とのやりとりや心の動きを克明につづる。震災の風化を繊細に感じ取り、伝え続けることへの思いを明らかにする。
著者は読者に対して「継承の試みの協働者」と締めくくる。震災から10年。古里の美しい景色、大切な人が生きてきた痕跡を忘れないでいるために、今こそ読みたい本だ。(江)
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書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)092(735)2802=1980円。