【聞きたい。】阿部和重さん 『ブラック・チェンバー・ミュージック』

インタビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

【聞きたい。】阿部和重さん 『ブラック・チェンバー・ミュージック』

[文] 海老沢類(産経新聞社)


阿部和重さん

■情報社会の功罪 虚実交え

これまでも英国のダイアナ元皇太子妃の事故死など世界的なニュースに材を取り、虚実が混ざり合う小説を紡いできた。今作は2018年に実現したトランプ氏と金正恩氏による米朝首脳会談の場面から始まる。「歴史の転換点になり得る驚きの出来事。裏側では何が起こり、その後どんなことが起こり得るか―。会談そのものを書くのではなく、ある種の同時代史が小説としてまとめられるのではと」

大麻取締法違反の罪で起訴され、40歳を前にキャリアをふいにした映画監督の横口健二に、腐れ縁のヤクザから「極秘任務」が持ち込まれる。北朝鮮から東京に来た女密使と一緒に、ある評論記事が掲載された映画雑誌を探せ、と。スリラーの巨匠、ヒッチコックを論じたその記事には政治的な暗号も埋め込まれているとか…。誰が、なぜ? 名前も分からず、便宜上「ハナコ」と呼ぶ北の女密使を連れて関係者を訪ねては玉石混交の情報の海をさまよう健二は、やがて意外な事実に行き当たる。

同じ時を過ごす健二とハナコの恋愛物でもあるが、深層には高度情報社会への批評意識がある。「今の情報社会ではこの2人のように遠くの者同士でも結びつき、一つの思いを共有できる」。半面、ウェブ上に氾濫する情報は鋭利な刃にもなる。「昔は笑い話で済んだ嘘も、SNSで拡散され本当だと信じる人が出てくる。大量破壊兵器の危険は声高に語られるけれど、新型コロナウイルスをめぐる騒動でも分かるように、もっと身近で危険なのは『情報』。それはずっと強調して書いてきたつもりです」

題名は〈暗号解読を行う秘密機関〉と〈室内楽〉を合わせた造語。作中、登場人物のコミカルな会話の応酬が軽快な音楽のように鳴り響く。「重い問題を扱っているし、切ない場面もある。随所に笑いがあった方が落差が出ていいんですよ」(毎日新聞出版・2200円)

海老沢類

   ◇

【プロフィル】阿部和重

あべ・かずしげ 昭和43年、山形県生まれ。平成6年に『アメリカの夜』でデビュー。『グランド・フィナーレ』で芥川賞、『ピストルズ』で谷崎潤一郎賞。ほかに『シンセミア』など著書多数。

産経新聞
2021年8月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク