『日本美術の冒険者』
- 著者
- 中野 明 [著]
- 出版社
- 日経BP 日本経済新聞出版本部
- ジャンル
- 芸術・生活/絵画・彫刻
- ISBN
- 9784532177058
- 発売日
- 2021/06/22
- 価格
- 3,850円(税込)
書籍情報:openBD
『日本美術の冒険者 チャールズ・ラング・フリーアの生涯』中野明著
[レビュアー] 黒沢綾子
■国宝級も収集 門外不出に
米ワシントンにある国立の学術機関、スミソニアン協会といえば科学系博物館のイメージが強いが、実は個性豊かな美術館群も擁している。その中で最も早い1923年にオープンしたのが実業家で篤志家、チャールズ・L・フリーア(1854~1919年)の遺志で生まれた「フリーア美術館」だ。
ボストン美術館に比肩するという東洋美術の殿堂。特に琳派(りんぱ)や肉筆浮世絵の充実で知られ、桃山から江戸初期の絵師、俵屋宗達(たわらや・そうたつ)の傑作「松島図屏風(びょうぶ)」などは日本にあれば国宝指定間違いなしとされる。でも、この美術館の日本での知名度は決して高くない。所蔵品が来日して「フリーア美術館展」が開かれた形跡もない。それもそのはず、フリーア自身の遺言によりコレクションは門外不出なのだから。
19世紀後半の鉄道建設ブームに乗って鉄道車両製造で巨万の富を築いた彼は、45歳の若さであっさりリタイアし、残る人生を愛する美術品の収集にささげた。米国出身の画家ホイッスラーの一大コレクションを築くなど西洋美術に始まり、日本や中国、さらにインドや中近東まで、集めに集めた美術品は約1万5000点。その中でやはり気になるのは、国宝級を含む日本美術を彼がいかに収集したのかだ。海外流出した日本の美術品に詳しいノンフィクション作家の著者が、フリーアの日記や彼宛ての手紙といった膨大な資料を基に、所蔵品や入手経路などを詳細に解き明かしていく。
生涯5度来日したフリーアが文字通り「冒険者」として明治期の日本各地を旅し、日本人の心性に触れ、実業界の数寄者らと親交を結ぶさまは興味深いが、何といっても米国や日本の美術商らとの取引がスリリングだ。「松島図」を無慈悲に半額に値切るなど実業家らしい冷徹さを見せるフリーアだが、まんまと贋作(がんさく)をつかまされることも。それでも、今でいう琳派の芸術家らをいち早く評価するなど、その慧眼(けいがん)に驚かされる。
日本美術の海外流出はネガティブに捉えられがちだが、まとめて国家寄贈され、厳しい制限があることでフリーア・コレクションは確かに未来へと受け継がれていく。何より、足を運ばずには実見できないという、旅する理由を与えてくれる。(日本経済新聞出版・3850円)
評・黒沢綾子(文化部)