神よ憐れみたまえ 小池真理子著 新潮社

レビュー

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神よ憐れみたまえ

『神よ憐れみたまえ』

著者
小池 真理子 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784104098101
発売日
2021/06/24
価格
2,420円(税込)

書籍情報:openBD

神よ憐れみたまえ 小池真理子著 新潮社

[レビュアー] 木内昇(作家)

過酷な運命 生き抜く

 裕福な家庭に生まれ、両親から愛情をたっぷり受けて健やかに成長した少女・黒沢百々子。際だった美貌(びぼう)の持ち主でもある彼女の恵まれた日々は、ある日を境に一変する。両親が、何者かに殺害されたのだ。このとき12才だった百々子が、自らの身に起きたことを受け入れ、前へ進んでいく様が、静かに深く、だが奥底に生命そのものの熱を蓄えながら綴(つづ)られていく。

 後半まで犯人は明確にされない。しかし本書の核は、その推理に興じるところにはない気がする。百々子と、彼女を取り巻く人々の人生にこそ魅入られるのだ。黒沢家の家政婦として務め、百々子から家族同然の信頼を置かれるたづと、その一家。事件があった際、百々子の担任だった美村、かつて俳優を目指した百々子の叔父・左千夫。昭和38年から今に至る時代の空気をはらみつつ、彼らの表情や心情を細かに追う、血の通った一文一文の迫力に圧倒される。

 百々子は、過酷な運命を背負いながらも、毅然(きぜん)と背筋を伸ばしている。現実を恨んで歪(ゆが)むことなく、自分より不幸な人物を目を皿のようにして探して安堵(あんど)の材料にすることもなく、彼女は苦悩しつつも、尊厳やプライドを保ち続けるのだ。そこには、自分の人生を奪われてなるものか、という強靱(きょうじん)な意志が息づいている。他を惹(ひ)き付けてやまない美しさと色香をまとい、自らの希望する音楽の道に進む百々子だが、それでも心底望んだものを手に入れられるわけではない。誰しも避けて通れない人生の摂理が、彼女の道筋にも違(たが)わず宿っているのだ。

 与えられなかったのか、それとも掴(つか)めなかったのか――時を経る中で、それすら曖昧になっていくのが、生きていくことのままならなさかもしれない。けれど百々子は、一貫して運命を受け止め、自身の足取りを乱すことなく歩いて行く。「生き抜く」とはどういうことなのか、最後のページに辿(たど)り着いたとき、読者はきっと強く深く知ることになる。

読売新聞
2021年8月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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