声をあげます チョン・セラン著 亜紀書房

レビュー

4
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

声をあげます

『声をあげます』

著者
チョン・セラン [著]/斎藤 真理子 [訳]
出版社
亜紀書房
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784750516981
発売日
2021/06/16
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

声をあげます チョン・セラン著 亜紀書房

[レビュアー] 尾崎真理子(早稲田大学教授/読売新聞調査研究本部客員研究員)

文明風刺 ポップなSF

 勢いのある韓国の女性作家たち。その有力な一人、チョン・セランのSFファンタジー集。

 友人の人差し指はたびたび過去へ行方をくらませてしまうから、「私」はその指の断面を入口に、友人と捜索に出かけることにする――冒頭の「ミッシング・フィンガーとジャンピング・ガールの大冒険」から、奇想が弾(はじ)ける。ジェンダーをめぐる冒険であるのも明らか。

 3時間だけ、すべてを記憶できるようになる「小さな空色の錠剤」は、星新一的な想定の中に韓国の苛烈な受験戦争がのぞく。パンデミックやオリンピックに絡んだ収録作もあるが、発表されたのは問題の発生以前。<そんなことやってると本当に滅びるよ!>。この時代の現実へ、警告の声が何度も聞こえる。8編どれもが3番目に置かれた人類滅亡の物語「リセット」を補強する、各論のようにも思われてくる。

 「リセット」は、最大200メートルもありそうなミミズ群が、慶州(キョンジュ)に出現する事態から始まる。巨大ミミズらは大地を揺さぶり、全世界の都市文明を黙々と食い尽くしては糞(ふん)便土に変え、過剰な生産と消費、そのゴミに覆われた地球を原初の状態に戻していく。

 「A・R・(アフター・リセット)」の時代、地表は植物の繁殖に任せ、人類はミミズの掘り進んだ地下通路で文明を再生させる。肉食をやめ、家畜を解放し、動物由来の感染症はなくなった。余剰物を貯(た)め込む倉庫も、大量の燃料を使う飛行機も姿を消す。政策や技術開発に乗り出すのは主に女性たち。「A・R・」とはすなわち、ジェンダーと環境にとっての「正解」が実現した未来のよう。ただし適正人口を維持するため、生殖行為まで管理され始めるが。

 本書を貫く世界観の一枚下には、現状をダークな色調で描いた地球規模の風刺画が見える。斎藤真理子訳の機知に富んだ口語は、それをお説教にしないし、チョン・セランの描く未来は、なお十分にポップで、救いがある。

読売新聞
2021年8月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加