生きのびるための流域思考 岸由二(ゆうじ)著

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生きのびるための流域思考

『生きのびるための流域思考』

著者
岸 由二 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
歴史・地理/地理
ISBN
9784480684059
発売日
2021/07/08
価格
946円(税込)

書籍情報:openBD

生きのびるための流域思考 岸由二(ゆうじ)著

[レビュアー] 中村桂子(JT生命誌研究館 名誉館長)

◆治水が育む文化と環境

 地震や噴火などある時突然起こる自然災害に比べて、水害は計画的に対応できるのではないかと思ってきた。眼(め)に見える形で河川が流れているのだから、技術を用い予測も防災も可能だろうと。

 ところが、近年異常気象による豪雨のせいもあって大型の水土砂災害が多発している。これへの対処には「流域」という捉え方が不可欠であり、私たち市民も命を守るために「流域」の理解が必要というのが本書の提言である。

 眼の前を流れる川は地上に降った雨・雪の水を集めて流れ始め海にまでつながっており、全体としての水流を捉える必要がある。今ここで雨が降っていなくても上流での豪雨に注意しなければならないのだ。集水・流水・保水・増水・遊水・氾濫・排水という術語で、さまざまな場、さまざまな形での水の動きを捉え、全体として対処することである。専門家は雨の降り方と川の流水量の時間経過を描いたグラフ(ハイドログラフ)での解析を治水に活(い)かす努力をしている。

 実は、二〇二〇年七月に国が、明治以降の治水政策を流域治水に大転換した。従来、河川法、下水道法の二つに頼り大規模技術での治水でよしとしてきたことに限界が見えてきたのだ。

 そこで知りたいのが流域治水の具体だが、幸い鶴見川(東京都・神奈川県)では四十一年前からそれが行われ、その詳細が紹介される。建設省(現国土交通省)河川事務所の所長の判断によって始まったことだが、流域各地の緑の領域や水田が保水力に大きな役割をするなど生活との関わりが深く、市民活動が重要な役割をしているところが興味深い。生物多様性ともつながるのだ。流域治水は成果をあげ、二日間で三〇〇ミリの豪雨での氾濫も防げた。そこで市民、企業の応援団が登場し、町づくりへと展開している。

 この事例に基づいて、著者は治水、環境保全、地域文化の育成が「生命圏適応」という、未来の生き方へとつながっていく可能性を指摘し、推奨する。ここには市民の力で未来をつくる希望が見えている。

(ちくまプリマー新書・946円)

1947年生まれ。慶応大名誉教授、進化生態学。著書『自然へのまなざし』など。

◆もう1冊

岸由二、柳瀬博一著『「奇跡の自然」の守りかた 三浦半島・小網代の谷から』(ちくまプリマ−新書)

中日新聞 東京新聞
2021年8月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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