『緒方竹虎と日本のインテリジェンス 情報なき国家は敗北する』江崎道朗著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

緒方竹虎と日本のインテリジェンス

『緒方竹虎と日本のインテリジェンス』

著者
江崎 道朗 [著]
出版社
PHP研究所
ジャンル
歴史・地理/歴史総記
ISBN
9784569849928
発売日
2021/07/19
価格
1,320円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『緒方竹虎と日本のインテリジェンス 情報なき国家は敗北する』江崎道朗著

[レビュアー] 久保田るり子(産経新聞社編集委員)

■情報戦略の在り方再考

北朝鮮崩壊、台湾海峡紛争、尖閣有事は一寸先に現実になりうる。しかし日本はいまだに先進国並みの対外情報機関を持たない。その日本に1950年代、米CIAに匹敵する情報機関を作ろうとした政治家がいた。自由党総裁で保守合同を成し遂げた現在の自民党の生みの親、緒方竹虎(たけとら)である。

緒方は吉田内閣で官房長官、副総理としてソ連、中国、アジアの共産化に備え本格的な新情報機関の創設を目指した。本書は国際情報戦や昭和軍事史に造詣の深い江崎道朗氏が、自由保守陣営が置き去りにしてきた緒方の志の軌跡を豊富な文献史料をつかって丹念に描いた。緒方構想は68年前、頓挫した。

情報と戦略なき国策は亡国を招く。敗戦という教訓がありながら、日米安保に寄りかかり、本格的なインテリジェンス(情報)戦略の構築を先送りしてきた政治の責任は重い。緒方が格闘したものが何であったのか、令和のいま、再考することには格別の意味があるだろう。

青年時代、自由民権運動や大アジア主義運動を主導した頭山(とうやま)満や憂国の政治家、中野正剛らとの交流で世界に眼を開いた。大阪朝日新聞に入社し、明治44年から昭和19年までの新聞社時代は、日本が戦争の混沌(こんとん)へと向かうなかで主筆となり、大政翼賛会に関与するなど自らも当事者となって、軍人内閣で滅んでいく議会政治を凝視し言論弾圧に向かい合った。

太平洋戦争末期、緒方は小磯國昭内閣に請われて入閣、情報局総裁となった。政治家として想像を絶する「戦時の情報なき政府」の実態を知った。東條英機内閣は戦況も把握できずに国民を死に追いやっていた。「独立とは自衛力」「それを可能にする憲法改正」「正確な情報収集・分析能力」など緒方にとって新情報機関の創設は、「独立の気魄(きはく)」として必至の課題となった。米CIAとも接触し日米インテリジェンス連携を模索した。しかし構想は社会党左派や世論の抵抗で縮小を重ねた。現在の内閣情報調査室である。

自民党は中曽根、橋本政権で情報機能強化を図った。最も熱心だった安倍政権は機密情報を保全する特定秘密保護法を成立させている。だが、具体的なプランは実現していない。(PHP新書・1320円)

評・久保田るり子(編集委員)

産経新聞
2021年8月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク