数多の難関中学校入試問題に採用されたその理由とは? 文庫新刊『君たちは今が世界』著者 朝比奈あすかさんインタビュー

インタビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

君たちは今が世界

『君たちは今が世界』

著者
朝比奈 あすか [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041111529
発売日
2021/07/16
価格
836円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

数多の難関中学校入試問題に採用されたその理由とは? 文庫新刊『君たちは今が世界』著者 朝比奈あすかさんインタビュー

[文] カドブン

開成、海城、サレジオ学院など多数の超難関中学校で入試問題に出題され、2020年の中学入試国語においてもっとも話題になった作品『君たちは今が世界』。小学校6年生の、決して楽しいだけではない人間関係と、そこにある希望を描き出す作品です。夏休み明けがつらい方さんにも、ぜひ読んでほしい1冊です。
単行本が5刷を重ねた話題作が文庫化されたことを記念に、著者の朝比奈あすかさんに作品に込めた思いをお聞きしました。

■文庫新刊『君たちは今が世界』著者 朝比奈あすかさんインタビュー

■入試問題に出題された、小学生のリアル

――本作『君たちは今が世界』は、開成中学校の入試に取り上げられたことをきっかけに、たくさんの方に読んでいただきました。数多くの中学校で入試問題として出題されたことについて、どう思われましたか?

朝比奈:大人向けの雑誌への連載だったので、大人の読者を想定して書いていました。まさか中学校の入試問題に……驚きました。そして、どこも難しすぎます! 特に、男子校の入試問題で、女子の繊細かつ複雑な心情を問う問題もあり、こんな気持ちを理解できる少年がいるのだろうかと思いました。異性の気持ち、ひいては、立場の異なる人たちの気持ちを考えられる人に育てたいという学校からのメッセージなのかもしれませんね。

――朝比奈さんの作品を拝読していて、登場人物が抱える悩みのリアルさにいつも驚かされます。『君たちは今が世界』では小学校6年生の目線から世界が描かれ、自分が12歳だったころの感覚に初めて名前が付いたようにすら感じるのですが、リアリティのために意識されていることはありますか?

朝比奈:会話文は全て音読しながら書いています。小説の中には、文字の連なりの美しさで読ませるものもありますが、この小説では現代の小学校に流れる時間の一部を切り取って描きたかったので、今を生きる小学生ならではの躍動感や息遣いを、できるかぎり生のまま紙面に載せたいと思いました。

――本作の登場人物は、お調子者の男子、優等生、コミュニケーションに難がある“問題児”、クラスの女王の親友ポジションと多彩です。収録順に執筆されたと思うのですが、どういった理由で彼らを主人公に選ばれたのでしょうか?

朝比奈:コロナ禍の前にカフェで仕事をしていた時に、隣の席の高校生くらいの子が友達か誰かのことを「モブだ」と言って笑っているのを聞きました。気になって調べたところ、モブというのは、その他大勢とか、エキストラといった意味でした。陰口を言われている子に同情しましたが、考えてみれば他人をモブ呼ばわりしているその子も、別の誰かにとってはモブなわけです。反転させれば、全ての子が主人公になりうるのだと、その時思いついてメモしました。
第一章から三章は、なんとなくそんな考えを持ったまま、こういう子いるなあという気持ちで書いていましたが、第四章を書くころには、クラスのどんな立場の子でも主人公にしようと思っていました。なので、担当編集者の方々に「誰かを指定してください」とお願いして、クラスの女王の親友という立場の少女めぐ美の話を書きました。

■多くを背負わされる「ヤングケアラー」

――文庫化にあたり、特別篇「仄かな一歩」を執筆いただきました。主人公のほのかは、学級崩壊を起こしたクラスでも積極的に手を挙げて発言する少女ですが、クラスの男女から煙たがれる様子が描かれます。また、家庭にも問題がありそうで、経済的に困窮していることがわかります。彼女の物語を書こうと思われたのはなぜでしょうか?

朝比奈:別の章を書いた時にも彼女の姿は思い浮かべていましたが、ちょうど文庫化の準備を始める時に、「ヤングケアラー」に関する報道を見たのが執筆のきっかけです。ヤングケアラーというのは家庭で大人の代わりに家事や介護を引き受けている子どものことですが、その生活が原因で希望の進路を諦めた子どもたちが沢山いることがわかり衝撃を受けました。自分の声を社会に届けるすべを知らずに、現状をそのまま受け止めている子どもの心の中を描きたいと思いました。

――編集を担当させていただいた中で、何度読んでも涙がにじんでしまうシーンもありました。朝比奈さんが特に気に入っている章や場面があったら教えてください。

朝比奈:全ての章に思い入れがありますが、登場人物でいうと、「まっすぅのお母さん」が好きです。
また、折り紙少年の陽太が、お母さんの予期せぬお迎えに喜ぶところが好きです。シングルマザーである陽太の母親は忙しく、なかなか学校に来ることができませんが、その日は仕事を早退して迎えに来ました。陽太の心は喜びで爆発しますが、彼は的確な言葉をその場で紡ぐことが苦手です。その陽太が「今日はいい日だねえ!」と言った時に、胸が熱くなりました。また、ほのかと陽太の間に通いあう敬愛の情を、互いの視点から描くことができたことも嬉しく思います。

■子どもが困っていたら、それは社会の問題

――本作の前後に執筆されている『人間タワー』や「誰もいない教室」(「群像」2021年6月号掲載)などでも、教育をテーマに据えられています。このテーマについて書き続けていらっしゃる理由はなんでしょうか?

朝比奈:そうですね。たしかに最近、子どもが出てくる物語が多いですね。
これまで、就活や婚活、夫婦の話など大人の話を色々書いてきましたが、大人の主人公の言動には良くも悪くも責任を求める描き方になっていた気がします。ですが、子どもの場合はそうはいかない。書いていて、すごく切なくなるところであり、書きたいと強く思うところです。
たとえば、コロナ禍で突然学校が一斉休校になった時期がありましたが、オンライン授業の整備や、授業再開後の行事や部活動についても地域や学校によって対応に差がありました。大人たちは様々な意見を言い合っていましたが、そうした議論にも子どもは参加できない。全てにおいて子どもは受け身で、与えられたものを受け入れていくしかないのです。
コロナ禍での対応だけでなく、日常においても、周囲にどんな大人がいるかが、彼らに大きな影響を及ぼしている。だから、子どもの話を描く時は、周りの大人の責任について常に考えながら書いています。
たとえば宝田ほのかは陽太と折り紙をするために大学のキャンパスを訪れた際、サークルを紹介する立て看板に興味を持ちます。しかし今の家庭環境では、ほのかが大学生になれる可能性は少ないわけです。
彼女は授業をよく聞き、学級委員に立候補し続ける前向きな児童です。もし彼女が勉強し続けたいと願ったにもかかわらずそれを諦めなければいけなくなるとしたら、そんな社会は間違っている。政治や、同じ時代に生きている大人たちに責任があるということです。

――この作品では、子どもが自分では生きる環境を選べないこと、その中で誰もが多かれ少なかれ葛藤していることを描かれていると感じます。コロナ禍で学校生活に一層の制約がある今、児童・生徒さんたちにメッセージがあればお願いいたします。

朝比奈:一人で抱え込まない。困った時は大人に伝える。自分以外に困っている子がいるのを見つけた時も大人に伝える。親か先生かスクールカウンセラーか習い事の先生か友達の保護者か……学校からもらえる小さなカードに書かれた電話番号にかけるのもいいかもしれません。
場合によっては複数の大人に伝えてください。厭なことや悲しいことがあって、自分だけではどうすることもできないということも世の中にはあります。今できないことがあっても、いつかはできるようになる。つまり、今はできなくていいということです。できない分、大人に頼るのです。
私が好きな「まっすぅのお母さん」はめぐ美に「子どもは、大人に頼ることが、良いことなのよ」と言います。その通りだと思います。

■作品紹介

数多の難関中学校入試問題に採用されたその理由とは? 文庫新刊『君たちは今が...
数多の難関中学校入試問題に採用されたその理由とは? 文庫新刊『君たちは今が…

君たちは今が世界
著者 朝比奈あすか
定価: 836円(本体760円+税)

2020年、難関中学の入試で出題多数!教室で渦巻く、悪意と希望の物語。
「文ちん、やれるよな?」人気者とつるむようになってから、文也は自分がクラスの中心にいるような気分がする。担任の幾田先生は地味で怖くないし、友達と認定してくれるみんなと一緒にいるのが一番大切だ。ある日、クラスを崩壊させる大事件に関わってしまうまでは――。
学校も家庭も、子どもは生きる世界を選べない。胸が苦しくなるような葛藤と、その先にある光とは。2020年、難関中学校の入試問題に数多く取り上げられた話題作に、文庫でしか読めない特別篇「仄かな一歩」を加えた決定版!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322011000409/

KADOKAWA カドブン
2021年08月31日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク