実録もののヤクザ映画を見ているような鮮烈な爽快感——『「不屈の両殿」島津義久・義弘』新名一仁 書評

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「不屈の両殿」島津義久・義弘 関ヶ原後も生き抜いた才智と武勇

『「不屈の両殿」島津義久・義弘 関ヶ原後も生き抜いた才智と武勇』

著者
新名 一仁 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784040823416
発売日
2021/08/10
価格
1,496円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

実録もののヤクザ映画を見ているような鮮烈な爽快感——『「不屈の両殿」島津義久・義弘』新名一仁 書評

[レビュアー] 川越宗一(小説家)

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■『「不屈の両殿」島津義久・義弘』書評

■評者 川越宗一

 かつて、南九州に島津家という大名家があった。
 江戸時代には将軍家、前田家に次ぐ広い領地を有した。明治維新の立役者になったため、幕末ごろを取り上げる大河ドラマでは常連である。
 そんな島津家は幕末のみならず、いわゆる「戦国時代」(関ヶ原の戦いあたりまで)にも物語性に富んだ逸話が数多い。
 数々の戦さに勝利した超人的な武勇は、当時から語り草だった。当主島津義久と義弘ら三人の弟の紐帯や活躍は現代でも人気があり、歴史創作の分野では何度も取り上げられている(かく言う評者も、当時の島津家を取り上げた小説を書いた)。反面、イメージが先行してしまった点も否めない。
 『「不屈の両殿」島津義久・義弘』は、義久、義弘の兄弟を追いかけた評伝だ。膨大な史料をもとに、不確かな伝説を訂正し、先行研究をアップデートしながら、本書はふたりの足跡を丹念にたどってゆく。 島津家十六代当主の義久は、政務を重臣の合議にゆだねつつ、その議論をクジや神慮、先主の遺命で巧みに誘導した。このような緩い統制はうまくいき、島津家は急拡大する。義久と、彼が当主名代に指名した義弘を「両殿」と仰ぐ島津家は九州統一まであと一歩まで迫ったところで、より強大化していた豊臣秀吉に降伏を余儀なくされる。
 秀吉が運営する中央政権は島津の領地を大幅に削り、過酷な軍役を命じた。緩い統制の反面で自立性を温存していた島津の家臣たちは不満を募らせ、義久も中央政権の介入を嫌った。
 義弘は中央政権に忠誠を尽くすことで島津家を守ろうとした。だが当主も家臣も不満たらたらの島津領からは、兵も金も出てこず、ほとんど徒手空拳で苦心しながら軍役をこなす。
 ために義久、義弘の兄弟は対立する。同時に、義久が内を束ね、義弘は外に対して島津家の地位を保つという役割分担が自然と成立していった。これにより島津家は存続できたとする本書の論旨はまこと説得的だ。
 また、島津家が領した南九州は日本の隅っこに見えるが、海外へ向いた表玄関でもあった。島津家には海を越えて人・モノ・情報が行き交い、朝鮮出兵時は明との秘密交渉があり、琉球王国とは強固な外交ルートがあった。そこから琉球侵攻へつながってゆく過程も読みどころだ。

「不屈の両殿」島津義久・義弘 関ヶ原後も生き抜いた才智と武勇 著者 新名...
「不屈の両殿」島津義久・義弘 関ヶ原後も生き抜いた才智と武勇 著者 新名…

 政治史を中心とした記述のスキ間には、当時の空気感が濃厚に漂っている。
 家臣たちは好き勝手だ。所得隠しやサボタージュをいとわず、叛乱まで起こす。いっぽうでしおらしくもあり、義久がたびたび持ちだす神慮やクジには粛然と従う。貧しい人々は戦さと聞けば一旗揚げんと寄り集まり、中央政権は容赦なく島津家に手を突っ込んでくる。頼りなかった島津家後継の忠恒(のち家久)は、家臣の手打ちや暗殺を厭わぬ酷薄な方向にたくましく成長していく。周囲の大名は虎視眈々と島津領を狙い、あるいは島津家の武勇を惜しみなく賞賛する。
 誰もかれもが剥き出しの欲求を、意地とも誇りともつかぬ自尊心をかかえて奔走している。実録もののヤクザ映画を見ているような鮮烈な爽快感が、そこにある。
 ちなみに島津家には「もりはかせ」なる築城の専門家がいたらしい。当時は四角四面の用語だっただろうが、虫に詳しい「こんちゅうはかせ」的なやさしい語感は、遠い過去を読者のそばにぐっと引き寄せてくれる。そんな言葉をさりげなく取り上げる目配せも本書の特色であろう。

 先述した通り、「両殿」のふたりは仲が良くない。義弘は兄と相談しても何も決着しないと嘆き、義久は関ヶ原から命からがら帰還した弟を労うどころか叱責する。実の兄弟でありながら、約束を破らぬと神に誓う起請文を取り交わす始末だ。
 だが、兄弟が袂を分かつことはなかった。異なる思いを抱きながらも、島津家というひとつ屋根を支え続けた。噛み合わないふたりだからこそ、島津家は運命という歯車になんとか噛み合った。
 晩年、義久は義弘に手紙を書いた。飼っている鳩がとてもかわいい、水浴びしている姿はよりかわいい、お前も飼ってみたらどうだ。そんな文面だったという。義久もそんな手紙が後世に残るとは思っていなかっただろうが、おかげで現代に生きる我々は愛とも憎ともつかぬ、信頼とも疑心暗鬼とも言えぬ不思議な関係を、そこに見出すことができる。
 本書は物語的な空想を一切退け、実証を貫いて書かれている。だからこそ立ちあがってくるのは戦場の埃、政争の生臭さ、人々の息遣いと足音、異国から吹きよせる潮の匂い、困難な時代に不屈を貫いた兄弟の奇妙な絆だ。

■作品紹介

実録もののヤクザ映画を見ているような鮮烈な爽快感――『「不屈の両殿」島津義...
実録もののヤクザ映画を見ているような鮮烈な爽快感――『「不屈の両殿」島津義…

「不屈の両殿」島津義久・義弘 関ヶ原後も生き抜いた才智と武勇
著者 新名 一仁
定価: 1,496円(本体1,360円+税)

KADOKAWA カドブン
2021年08月31日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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