断絶が生むゴミ地獄

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断絶が生むゴミ地獄

[レビュアー] 佐藤健太郎(サイエンスライター)

 筆者がかつて社員寮に住んでいた頃、隣人の部屋に凄まじい量のゴミがためこまれていることが発覚し、大騒ぎになったことがある。仕事のできる、温厚な人柄の先輩であっただけに、その驚きは大きかった。読者の近所にも、ゴミ屋敷らしき家の一軒くらいあるのではないだろうか。

『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』は、著者の笹井恵里子氏自らゴミ屋敷の整理業者に同行し、片付け作業を行なったルポだ。天井まで届くほどのゴミはもちろん、大小便、大量の虫、動物、体液、そして腐乱死体と、ゴミ屋敷の実態は凄絶を極める。部屋の主が認知症であるケースなどもあるが、筆者の隣人同様、表向ききちんとした社会人である場合も少なくない。自室のゴミの山から転落し、頭を強打して亡くなった年収一一〇〇万円のサラリーマンなど、いったいなぜこうなってしまったのか不可解な例もある。

 家に物が溢れてしまう要因の一つは、ためこみ症という精神疾患であるという。背景は人によって様々だが、死別や離婚などをきっかけに発症することが多い。喪失体験を、物をためこむことで代償しようとしているわけだ。コロナ禍による孤独がこれを加速しており、誰しも無縁ではない。

 本書ではためこみ症の治療や、整理業者の選び方まで広く触れられている。身の毛のよだつような描写と、著者の温かい視線で、現代の一断面が描き出された。令和の傑作ルポルタージュここにありだ。

新潮社 週刊新潮
2021年9月9日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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