あなたも見たことが? “異形の鏡”に映る無慈悲な権力者

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  • 短くて恐ろしいフィルの時代
  • 族長の秋
  • ガリバー旅行記

書籍情報:openBD

あなたも見たことが? “異形の鏡”に映る無慈悲な権力者

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 不自由で狭い世界の話なのに、面白さは無限大。ジョージ・ソーンダーズ『短くて恐ろしいフィルの時代』(岸本佐知子訳)は、国民が一度に一人しか入れない極小の〈内ホーナー国〉とそれを取り囲む〈外ホーナー国〉の紛争、独裁者フィルが生まれるまでのプロセスを描いた小説だ。

 ただし内ホーナー人も外ホーナー人も、わたしたちが知っている人類とは大きくかけ離れた姿をしている。不安になると地面を掘り返すのに使う八角形のスコップ状の触手があるなど、生物と機械の中間のような、現代アートのオブジェのような、風変わりでどこか愛らしい種族なのだ。

 過去の失恋をきっかけに内ホーナー人に深い恨みを抱いているフィルは、体の中央部に嚢があり、巨大なスライド・ラックにボルトで脳を固定している。いつもは平凡な男なのに、脳がラックから滑り落ちるとなぜか全能感に満ちて饒舌になる。フィルは自身の詭弁と筋肉ムキムキの〈親友隊〉の力を用いて、内ホーナー人を迫害し、〈外ホーナー国〉の実権を握っていく。

 フィルがラックから脳を落としたときの滑稽な語りと、冷酷な行いのギャップに震撼せずにはいられない。国家と自分を同一化して、誰とも噛み合わない壊れた言葉を繰り返し、無慈悲に少数者を切り捨てる権力者に既視感があるからだ。フィルはいつの時代のどんな社会にも潜む悪を映し出す異形の鏡なのである。

 架空の国の独裁者を主人公にした小説で思い出すのは、ガルシア=マルケス『族長の秋』(鼓直訳、集英社文庫)だ。娼婦の子として生まれ、運命のいたずらで大統領になった男は、反逆者をワニの餌にし、貧民街に住む美女に求愛するため町をまるごと改造、腹心の部下をこんがり焼いて宴会料理にしてしまうなど、暴虐のかぎりをつくす。

 ジョナサン・スウィフト『ガリバー旅行記』(山田蘭訳、角川文庫)は、イギリス人のガリバーが空想の国を冒険する物語。なかでも、宙に浮かぶ島ラピュタの造形は十八世紀に書かれたと思えないほど新鮮だ。短いが日本滞在記もある。

新潮社 週刊新潮
2021年9月9日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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