秋の夜長は自宅で! 退屈させない珠玉の6作品! ニューエンタメ書評

レビュー

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  • 兇人邸の殺人
  • 忌名の如き贄るもの
  • invert 城塚翡翠倒叙集
  • 灰いろの鴉 捜査一課強行班係・鳥越恭一郎
  • 袋小路くんは今日もクローズドサークルにいる

書籍情報:openBD

ニューエンタメ書評

[レビュアー] 大矢博子(書評家)

秋の夜長は、読書が一番の趣味!

積んでおいた本を読むのにももっとも良い季節の到来です!

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 もう言い飽きたし聞き飽きたが、今年の夏も暑かった。体温を超えるような猛暑は、少し前まで異常気象と言われていたような気がするが、いつしか例年のことになってしまった。異常が普通になる──というのは、かなり怖いことだと思うのだが。

 ということで今回は、異常が普通になることの恐怖をじわじわと感じられる、この猛暑残暑を吹き飛ばすようなホラー、ミステリ、サスペンスを紹介しよう。

 まずは人気シリーズ第三弾、今村昌弘『兇人邸の殺人』(東京創元社)から。神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と剣崎比留子は、班目機関の研究資料を探し求めるグループからの突然の依頼で“廃墟テーマパーク”に行くことに。テーマパークの中の「兇人邸」と呼ばれる建物に、その資料があるらしいという。ところが乗り込んだ葉村たちを待ちかまえていたのは、なんと巨人の殺人鬼で──。

 このシリーズはもう何が起きても驚かない、と思っていたのだが、身体能力抜群な巨人の殺人鬼が大鉈を手に人間の首を斬って回るというのだから、いやそりゃ驚いたさ。葉村たちと一緒に兇人邸に乗り込んだメンバーは次々と巨人の手にかかり、首無し死体が積み上がる。逃げ惑う一夜が明け、巨人は昼間は活動できないとわかって一息つくものの、そのとき、比留子の姿はどこにもなく──。

 またまたクローズドサークルである。今回の状況はかなり変わっていて、外に出る方法がないわけではないが、状況と心情からそこにとどまる方を選ぶしかない、という心理的クローズドサークルなのだ。そこに首切り殺人鬼の巨人から逃げるというパニックが加わる。さらに、ある事情から今回の比留子は安楽椅子探偵。よくぞこれだけ要素を詰め込んだな、と思うが話はそれにとどまらない。今回最も心に残ったのは、事件が起きるに至った背景だ。まさか首切り巨人のモンスター・パニックで泣かされるとは思わなかった。

 また、葉村と比留子のそれぞれの自意識の変化にも注目。大技の特殊設定ミステリ&ロジカルな謎解きが著者のお家芸だが、こういう細やかな心のヒダのようなものを混ぜてくるからたまらない。ただの驚かし屋じゃないのだ。しかも最後の一行で次作への期待がいや増すこと間違いなし!

 続いてホラー・ミステリといえばコレ、三津田信三『忌名の如き贄るもの』(講談社)だ。

 虫縊村の旧家・尼耳家では、跡取りが忌名を授けられ、それを滝壺に奉納するという習慣があった。与えられた忌名を書いた御札を持ち、決められたルートで滝壺まで行って帰るのだが、何があっても、何かがついてくる気配がしても、決して後ろを振り返ってはいけないと言われている。

 尼耳李千子はかつて、その儀式の最中に仮死状態になり、蘇った経験を持つ。それで跡取りからははずされたが、今度は彼女の腹違いの弟がその儀式の最中に右目を刺されて死んでしまい──。

 刀城言耶シリーズの最新刊である。どんな怪異が出てきてもちゃんと最後は論理的な解決がなされる、とわかっていても怖いんだよなあ、このシリーズは。いきなり、意識はあるのに死んだと見なされ火葬されそうになるという話から入るの、怖くないわけないじゃないか。

 しかし推理の過程は「怖い」と「すごい」の合わせ技だ。二転三転どころか四転五転する推理に、その都度納得し、けれど否定され、また別の解釈が提示されるくだりはまさに興奮の一言。しかも後になればなるほど怖くなるという、音楽で言うならクレッシェンドの恐怖がたまらない。最後に到達する真相の怖いことと言ったら! 猛暑なんて完全に吹き飛ぶので、どうぞお試しあれ。

 相沢沙呼『invert 城塚翡翠倒叙集』(講談社)は、二〇一九年に刊行されてその年の話題をさらった『medium 霊媒探偵城塚翡翠』の続編である。中編三作が収録されており、いずれも犯人視点で語られる倒叙ミステリというのが特徴だ。作中、倒叙ものの大先輩・古畑任三郎リスペクトな場面が複数あるのも楽しい。

 犯人はそれぞれ完全犯罪を目論み、計画を実行するが、そこに現れるのが城塚翡翠だ。翡翠は実にいやらしくねちっこく犯人につきまとう。自分が犯人で、こんなにしつこくからまれたら恐怖以外の何物でもないだろうなあ。

 ITエンジニアが企てた完璧なアリバイを崩す第一話、小学校教師の犯罪を見抜く第二話。いずれも極めて端正で、細部までよく練られている。いかにも怪しい描写が撒き餌のように用意され、「これがヒントだ、見抜いた!」と悦に入っていると華麗なほど見事にひっくり返される、その心地よさよ! 犯人だけでなく、読者もまた翡翠(と作者)の手のひらの上でころころと転がされてしまうのだ。

 ただ、前作のあの驚異の真相は本作では常態になってしまっているわけで、今回は前作のような大仕掛けは使えない。そういう意味ではぜひ前作から先にお読みいただきたいのだが、第二弾の本書は相対的に小粒にならざるを得ないだろうと予想していた。ところがどっこい、いやはや、第三話「信用ならない目撃者」には瞠目したぞ。こんな手で来るとは! これは見事に騙された。

 櫛木理宇『灰いろの鴉 捜査一課強行犯係・鳥越恭一郎』(ハルキ文庫)は、超絶美形で鴉が友だちの四十一歳になる捜査一課の刑事・鳥越が主人公。と書くとキャラクター文芸のような印象を与えそうだが、これが相当にシビアな社会派警察小説なのだ。

 物語の始まりは老人ホームで起きた大量殺傷事件だ。犯人のSNSから、「上級国民」を狙ったヘイトクライムだと思われた。しかし現場の目撃証言から、犯人は特定の人物を探していたことが判明。ヘイトクライムに見せかけた怨恨殺人なのか? そんな折り、被害者の老人が三十二年前に起きた殺人事件の被害者遺族だったことが判明。その事件は、当時小学生だった鳥越もよく知るものだった……。

 次々繰り出される意外な展開に加え、上級国民論争やSNSのエコーチェンバー現象といったネット社会の問題点、ネグレクトや暴力といった児童虐待、崩壊家族など、今私たちが直面している社会問題が盛り込まれる。辛い環境にある人は、何に救いを見出し、何に縋るのかが本書のテーマだが、そこまで彼らを追い込んだ社会は私たちが作ったものだと思うと、背筋が寒くなる。

 中でも目を引くのは、主人公・鳥越の育った環境だ。出て行った父、恨み言しか言わない母。そんな中で育った鳥越は自らを守るために、道化者の仮面を被る。その生い立ちもまた、本書のテーマにつながるのである。実に巧い構成だ。

 ラストのどんでん返しは見事。真相は大きなサプライズとともに、ゾクリとする恐怖を読者に届けるだろう。

 日部星花『袋小路くんは今日もクローズドサークルにいる』(宝島社文庫)は、スットンキョーなタイトルとポップな学園ミステリの体裁から気楽に読み始めたのだが、思わぬ背負い投げを喰らった。なんと、呪いの話なのである。

 ただしその呪いというのが面白い。事件が起きた現場に主人公の袋小路鍵人がいると、自動的にクローズドサークルになってしまう、という呪いなのだ。わはは、何だそれ。

 事件と同時に部屋のドアや窓が開かなくなる。スマホは圏外になる。もちろん、犯人は必ずその中にいる。そして謎が解かれるとクローズドサークルは解消されるのである。こんな呪いに祟られている袋小路くんと一緒にいるのは、推理力抜群の美少女、時任さん。実は彼女もまた、ある呪いにかかっていて……という特殊設定ミステリだ。

 図書室で起きた傷害事件、美術室の死体、演劇部での服毒事件などなど、強制的クローズドサークルという設定が容疑者を絞ってくれるため、ひたすら純粋な論理的思考が楽しめる。だが……いやいや、その先は言わないでおこう。思わぬ仕掛けがあるぞ、とだけ伝えておく。ゾクリとした。そしてそこでようやく気づいたのだ。これは決してスットンキョーでポップな学園ミステリなどではない、と。

 異常が普通になる、といえばこのコロナ禍がまさにそれだ。人に会えない、旅行も行けない、マスクはもはや季節を問わず必需品だ。そんな異常がすっかり常態になってしまった。

 そんな時だからこそ、せめて紙の上で世界旅行を──という小説が近藤史恵『たまごの旅人』(実業之日本社)だ。新米旅行添乗員の遥が仕事で訪れたアイスランド、スロベニア、パリ、中国などのツアーの様子が連作で綴られる。

 アイスランドの雄大な自然、スロベニアの鍾乳洞、パリのオペラ座やルーブル美術館、中華料理に万里の長城。観光地のみならず、意外な食文化や日常の光景も生き生きと綴られ、一緒に旅をしている気持ちになれる。

 ただこの連作のポイントは、ツアー客がもたらすトラブルの方にある。現地の天候といった添乗員にはどうしようもないことにまで責任を追及する客、行った先の悪口ばかり言う客、パリに白人以外がいることに幻滅する客(自分もアジア人なのに!)などなど。自分が正しいという思い込み、周囲が自分をどう見ているかを察することのできない鈍感さ、旧弊な差別意識。旅行という非日常だからこそ、その人の「普段」が浮き彫りになる。これは怖い。

 自分が「異常」であることに気づけず、それが「普通」だと思ってしまうこと──それはもしかしたら、猛暑よりも恐ろしいものかもしれない。

角川春樹事務所 ランティエ
2021年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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