刊行作品500作目! ますます加速する〈東京湾臨海署安積班〉シリーズ、短編集ならではの楽しみ方を、著者自身が語る。

インタビュー

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暮鐘 東京湾臨海署安積班

『暮鐘 東京湾臨海署安積班』

著者
今野 敏 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758413879
発売日
2021/08/10
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

今野敏の世界

[文] 角川春樹事務所

〈東京湾臨海署安積班〉シリーズの 最新刊『暮鐘』が刊行された。 安積や村雨、須田などお馴染みの人物が 各話で主人公となる連作短編集で メンバーの知られざる一面が明かされるなど ファンを喜ばせるエピソードも描かれている。 シリーズ開始から三十三年。 今なお愛され続ける理由はどこにあるのか。 執筆当初も振り返りながら、作品に込めた思いを今野敏氏に伺った。

 ***


今野敏

祝! 刊行作品数500冊記念の〈安積班〉最新刊!

――〈東京湾臨海署安積班〉シリーズの最新刊『暮鐘』が発売されました。刊行作品として五百冊目になるそうですね。

今野敏(以下、今野) そうなんですよ。文庫、新装版などを含めてではありますが、縁起のいい数字になりました。

――安積班シリーズが節目を飾る作品となったことに、多くのファンも誇らしく感じるのではないでしょうか。さて、今回は連作短篇集ですが、印象的な章がいくつかありました。まず一つが「予断」です。居酒屋で鑑識の石倉係長が出したクイズをみんなで考えるというもので、なんと、事件が起こらないまま終ってます。

今野 これだけ付き合いが長いとね、事件なくても成立しちゃいますよね。あの問題、答えはすぐわかりました? 意外と考えさせる問題になってるかなと思うんだけど、簡単すぎると言う人がいたんだよね。

――村雨や水野のように考え込んでしまいました。

今野 よし!

――一方、今野さんらしいなと思ったのが「別館」です。様々な警備艇に加え、SATにSIT、SST、さらにはWRTが出てきて見本市のようでした(笑)。

今野 だって、そうしてやろうと思ってやってますもん。警察には特殊部隊がこれだけあるよって。船は海上保安庁の巡視艇も出してるし、ホント見本市。でもね、それは海が好きだからです。臨海署は警視庁で唯一船を持っている署です、別館に水上安全課があるから。安積はその別館に行くたびに嬉しそうなんだけど、あれ、俺が嬉しいんですよ。船に乗れるぞ、海に出られるぞってね。

――安積の海好きの謎が解けました。また、「実戦」では黒木が剣道五段だと明かされていて、びっくりしました。

今野 俺も今回書いていて初めて知りました(笑)。普通、剣道五段だと刑事課にはいません。そんな有段者だったら機動隊にいて、剣道特練というのをやることになるはずです。警察に詳しい人なら、剣道五段の黒木がなんで刑事課にいるんだってツッコミが入りますよ、きっと。

――それで、黒木はずっと秘密にしていたということに……。

今野 長いシリーズだけに、あの手この手をこちらも考えないといけないのでね。

――今回の短編集ではそんなメンバーの意外な一面に注目ですね。前作『炎天夢』は長編で、交互に刊行されていますが、短編と長編はご自分の中でどのような棲み分けがあるのでしょうか。

短篇小説の良さは、よりキャラクターに寄れることである。

今野 特段、意識はしていませんが、短編は好きなんです。

――どういうところが?

今野 長編は起承転結つけないといけないですが、短編は“承結”だけで良かったり、“起承”だけでも成立する。その辺が面白いですよね。最近、短編の中で起承転結をつけようとする若い作家がいますが、あれはいただけない。つまらない短編になってしまいますよ。そのことは若い作家に教えてあげたいです。それとね、短編の良さはよりキャラクターに寄れることです。好きなんですよ、キャラクターが。

――中でも個性的なのが須田です。それでいて、抜群のチームワークを誇る安積班の要でもある。

今野 意外性ですよね。デブでのろまというと、普通はお笑い担当じゃないですか。それが他人とはちょっと違う見方をして、推理をしてしまう。最初から意外性を求めて作ったキャラクターです。でもね、確かに須田が要ではあるんですが、その陰にいる村雨がすごく頑張っているんですよ。みんな気が付いていないんですけど、村雨の気遣いって相当なもんなんです。

――今回の「防犯」は、まさに村雨の気遣いが現れていましたね。

今野 あれ、書いたっけ? ちょっと前に書いたものって忘れちゃうんだよな。いやでも、村雨は侮れませんよ。

――それにしても、長いシリーズになりました。

今野 長いですね。初めて書いたのが一九八八年ですから三十年以上になります。

――その間に次々と警察小説のシリーズを手掛けられ、現在は十タイトル以上。安積班シリーズと他のシリーズで違いなどはあるのでしょうか。

今野 違いはないです。とはいえ、初めて書いた警察小説ですから特別感というのはあります。もともと警察小説が書きたかったんですよ。でも、当時書かせてもらえたのがこれだけだった。だから、書き始める時に決めたんです。安積警部補シリーズはライフワークにしよう。なにがあっても死ぬまで書こうと。この先もこの一つだけなんだと思っていたら、いつの間にか増えちゃった(笑)。こんなことになるとは思っていませんでした。

――それだけ多くの作品を抱えていて、事件のネタで困ったりすることは?

今野 ないですね。警察小説というのは本格ミステリーとは違うので、事件そのものはどうでもいいと思ってるんですよ。書いているのは、事件に対して警察組織がどう動くか。そして、その中で起こる対立やあらわになる人間性ですから。

――シリーズ第一作の『二重標的』を改めて読みましたが、この『暮鐘』の前の作品だと言われても違和感がなく、三十三年前に書かれたとは思えませんでした。

今野 褒めたって、なにも出ないよ(笑)。でも、そう思ってもらえたのだとしたら、それは安積さんというキャラクターがいるからなんだと思います。警察小説が書きたかったと言ったけど、どうやって書いていいのかはわからなかった。それで、その頃大好きだったコリン・ウィルコックスのヘイスティングス警部シリーズを参考にして安積を書いたんです。オマージュと言えばカッコいいけれど、パクリと言えるくらい最初は引っ張られました。ただ、一作目を書いている途中から、完全にヘイスティングス警部とは違うキャラクターになり、安積剛志という一人の警察官が育っていった。だから、ここまで続けることができたと思っています。

安積は変わらずに憧れの上司のままである。キャラのコアは変わらない。

――しかも、一作目から今に至るまで、安積から受ける印象がほとんど変わらない。作品が褪せない理由のように思います。

今野 最初の頃の安積さんと今の安積さんは自分の中でも同じなんですよね。これにはね、そう思う決定的な瞬間があったんです。安積さんは四十五歳ですが、書き始めた時、俺は三十代でした。やがて安積さんの年齢を追い越す時が来たわけだけど、その時に、今まで大人だと思っていた安積さんが子供に見えるかなと思ったんです。でも、そうならなかった。安積さんは変わらずに憧れの上司のままで。キャラのコアは変わらなかったんです。とはいえ、変化はありました。速水とのじゃれ方が子供っぽくなってきた(笑)。

――確かに。安積が拗ねているような言葉遣いをしたり、二人の会話のシーンは楽しませてもらっています。

今野 決して狙っているわけではないですよ。書く時は本当にそれぞれと会話していて、安積なら速水のこの言葉にどう答えるだろうか、それに対して速水はどう返すだろうかと真剣に考えていますから。

――他の作品を読んでも感じることですが、会話を大切にされていますよね。

今野 お前の小説は会話が多い、シナリオかとよく言われるんですよ。自分で小説を読む時も地の文は飛ばしてしまい、会話を読んでいることの方が多いので、そういう小説になってしまうのかなと。

――無駄なことは書かないと、たびたびおっしゃっていますね。

今野 面倒くさがり屋なの、究極の。描写、嫌なんですよ。その代わり、とても大切にしていることがあって。リズムです。リズムから外れるものがあると書かない。地の文でもそう。ゲラをチェックした編集者が、例えば、「……いった。」が続いていますよと指摘してくれることがあるけど、だいたい直さない。なぜなら、俺が一番いいと思うリズムで書いているから。

――直すとリズムも変わってしまいそうですね。

今野 気持ちよくないんですよね。それに、最初に書いたものがリズムとしても一番いい。まぁ、いずれにしろ、書かなくてもわかるんだったら、書かなくてもいいじゃないですか。安積さんの顔の造作やヘアスタイルだって書いたことないけど、みんなが想像してくれる。それが書いている方としても一番です。

――そのみんなを代弁させていただくと、早くも次回作が気になります。

今野 それ、「ランティエ」もすごくてね。俺が書きたいと言っている〈サーベル警視庁〉があるんだけど、安積班を書いたら書いていいよみたいな。バーターよ(笑)。だから、今、安積班の長編に取り掛かっています。

――どんな内容か、出だしだけでも教えてください。

今野 また水上安全課が出てきます。警備艇「しおかぜ」も出てきます。しかも新型。これ、作品上のことではなく、本当に新型になっているんです。だから、この長編でも新型にしてあげました。安積も嬉しそうですよ。

構成:石井美由貴 写真:三原久明

角川春樹事務所 ランティエ
2021年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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