すごいものを読んでみたければ、この1冊! この世界で、人はどう生きるか? 山田宗樹『存在しない時間の中で』

インタビュー

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存在しない時間の中で

『存在しない時間の中で』

著者
山田 宗樹 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758413909
発売日
2021/08/10
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

山田宗樹の世界

[文] 角川春樹事務所

「この世界は何者かが作ったものだ」

そんな投げかけから始まるのが、山田宗樹氏の最新刊『存在しない時間の中で』だ。

宇宙には設計図があり、それを描いた何者かがいるという。

にわかに人類を沸き立たせる〈神の存在〉。

本書を読めば、誰もが今ある現実を疑わずにはいられなくなるだろう。

著者はサイエンスを駆使した圧倒的なリアリティによる『百年法』や『代体』といったSFエンターテインメントの傑作で多くの読者を魅了してきたがそれらを凌駕するこの作品はどのようにして生まれたのか。

創作の舞台裏を伺った。

 ***

神のいる世界で、人間は客観的に自分自身を捉えることができるか?

――すごいものを読んでしまったかもしれない。そんな思いが湧き起こる一冊でした。なんといっても設定に驚かされます。「この世界は何者かが作ったものかもしれない」なんて、SFとはいえ大胆すぎます。このビッグバンも吹き飛ばすアイデアはどうやって生まれたのでしょうか。

山田宗樹(以下、山田) 五、六年前くらいから物理学に対する興味が出てきて、関係する本をちょくちょく読むようになっていたんですね。そこで「ホログラフィー原理」という言葉を見つけました。宇宙の本質は二次元平面上にあって、今、私たちがいる三次元の空間というのは幻影ではないか。つまり、この世界はホログラムのようなものかもしれないという考えです。これ、決してオカルトではなく、まじめに専門家たちの間で研究されているというんですね。強烈に惹かれました。

――作中にも書かれていますが、まさか実際に研究されているとは……。

山田 もし本当にこの世界が幻影のようなものだとしたら、それこそ世界がひっくり返ってしまいますよね。小説に使えるかもしれないと思いましたが、そのままでは難しかった。そのうちに、数学と物理学の繋がりを説く文章に出逢いました。物理学の様々な現象が数式でことごとく表現できてしまうのはどういうことだ。あまりにも数学が出来すぎているじゃないかと書かれていました。面白い着眼点だなと。同時に、ホログラフィー原理と組み合わせれば、エンターテインメントに落とし込めるんじゃないかと感じたんですね。それで、本格的に小説にしてみようと思ったのがそもそものスタートでした。

――その二つを結びつけてしまうのが理系作家といわれる所以ですね。あるインタビューで天文学者になりたかったと話されていましたが、物理学への興味もそこから?

山田 そうですね。宇宙について知りたいという思いから手にした本の中に『宇宙が始まる前には何があったのか?』というのがあります。宇宙に関する物理学の面白いエピソードなどが書かれていて、そこから興味が広がりました。今回の参考文献にも挙げているのですが、なかなか面白い一冊ですよ。

――今伺ったお話が凝縮された物語の冒頭ですね。宇宙の始まりや仕組みについて研究している大学の研究機関(AMPRO)に謎の闖入者が現れ、ホワイトボード二十三枚にも及ぶ未知の数式を書き出す。その光景が映像のように浮かんできて、理系が苦手な私も何かが始まるわくわく感に引き込まれました。

山田 ありがとうございます。

――ただ、その直後に数式の意味を解く数学と物理の理論が展開されていきます。案の定、あまり理解できず困ったなと思っていたら、「わけわかんないと思うけど、ちょっとだけ我慢してね」という文章が出てきて。登場人物の一人であるアキラの言葉ではありますが、山田さんからのメッセージかと思いました。わからなくても大丈夫と(笑)。

山田 まさにその通り。今回は設定上、専門知識も使わざるを得ないところがあります。SFに親しんできた人には問題ない程度だとは思いますが、私としてはSFを読んでこなかった人にも読んでほしいし、そういう読者を置き去りにすることだけは避けたかった。どうしたら置いてけぼりにせずに引き留められるか。それはかなり気を付けました。

――途中何度か、ありますね。いずれも絶妙なタイミングで助けられました。

山田 わからなくても読み進めてもらえると嬉しいです(笑)。

――そして、数式が示していたのが宇宙には設計図があるということだった。つまり、世界はその設計図をもとに作られたのであり、それを描いた何者かが存在することも示唆している。この何者かを作中では「神」という言葉で表現しています。『シグナル』では宇宙人に触れていますが、遂に神を降臨させましたね。

山田 『シグナル』との繋がりは意識しておらず、純粋に、さきほどのホログラフィー原理や物理学のことをエンターテインメントに落とし込むとしたら、この設定なんだろうと。自然に出てきたんですよ。

――しかも、その何者かと交信しようとする。とても山田さんらしい展開ですが、「クラウス実験」と呼ばれるこの交信によって、世界を作った何者かの存在が現実的になります。

山田 この世界が、宇宙の仕組みとしてそうなっているとしたら面白いですよね。

――想像が追い付かず、ドキドキさせられました。物語もここから大きく動き出すわけですが、この実験の参加者の一人に莉央がいます。作品は、この莉央の日常の物語も同時に進行していきますね。

山田 このパートは、数学や物理に対して馴染みのない人に対しての息抜きというか、ちょっと読みやすいパートになればなと思い書き始めています。研究者たちだけだと、どうしても世間離れしたものになりがちなので、現実に引き戻すポジションを担ってもらいました。

――数学や物理とは無縁の普通の女性ですよね。それでも、引き取った保護猫と暮らす彼女を通して、数式の意味を体感できたように思います。担う役割も、どんどん重要になっていきますし。

山田 実は、後々どう絡めるかということはまったく考えていなかったんですよ。

――莉央はやがて新興宗教と関わることになります。宇宙を作った何者かとの対比にも感じて面白かったのですが、そうしたことも書きながら考え付いたのですか?

山田 そうです。私もこうなるとは思っていませんでしたが、結果的にはいい感じで絡められたのではないかと思っています。

――そのきっかけとなるのがクラウス実験から一年後。さらなる衝撃が訪れます。「十年後、宇宙を閉じる」というメッセージが神のお告げのごとく届けられるわけです。ただし、人間が自我を持つ生命体であることを証明できれば避けられるともあって。世界の終わりに対して、一人ひとりの生き方を問うような深い投げかけですね。

山田 それほどの意図はないんです。宇宙を作った何者かはたまたま知った人間という存在が、自分たちが期待する存在なのかが知りたいだけ。だったら、どういう問いを投げかけるのかというところから考え出したものです。また、本編でも書いていますが、それが本当に向こうの質問の意図を正確に復元しているかはわからない。なにせ彼らは十次元という世界に住んでいるわけです。世界が違う存在との通信というのは、そのくらい不確定性があるものだと思います。

――この難問に対して、AMPROメンバーの一人である神谷春海は「自分たちの限界に対して正しく自覚的であること」という言葉を口にします。とても印象的なフレーズです。

山田 私としてもこの言葉のチョイスは良かったなと(笑)。なかなか考えさせられるものになっているかなと思います。

――正しく自覚的とは?

山田 人間って、何かをするとき、つい思い込みとか先入観とかいろいろなものに影響されてしまうけど、そうではなくて、ちゃんと客観的に正確に自分自身を捉えることができるか。そんなイメージを持ってもらえたらなと思っています。

面白いはずですね、作者自身も予想していなかった結末とは

――まさに思い込みや先入観が覆されるのがこの作品の面白さです。そして、人類は明確な答えが出せず、宇宙は終わりを迎えることになるのですが、うわぁ~、こう来るかと。宇宙が閉じるとはこういうことなのかと驚かされました。

山田 良かった! まさしく、うわぁーっと思ってほしかったんです(笑)。

――足元がグラグラと揺れて、崩れ出すような感覚に陥ります。

山田 読者にインパクトを与えるとしたら、ラストの第四部だと思っています。うまく機能してくれたら、半分成功したようなものかなと思います。

――そのラストで感じた余韻がタイトルにも込められているように思います。

山田 これといったタイトルは思い浮かばないまま書き進めていました。ただ、第三部に入ってすぐ「存在しない時間の中で」という一節を書いたとき、妙に引っかかるフレーズだなと自分なりに感じていて。で、それまで書いた原稿を読み直しているうちに、この一文をいっそタイトルにしてしまったらいいんじゃないか。このタイトルならラストも締められるなと、なんとなくイメージできたんですよ。

――もともとあまりストーリーを細かく決めずに書かれることが多いそうですね。

山田 ええ。プロットらしいものを作ることは作るのですが、すぐに使い物にならなくなるんです。書きながら、次はどうしたらいいだろうと考えて。その繰り返しです。

――ということは、このラストも決まっていなかった?

山田 ええ。宇宙の終わりを具体的にどうするかは見えていませんでした。

――驚きです。

山田 私も驚きです(笑)。

――面白いはずですね。作者自身予想していなかった結末なのですから。作品は物理学や数学の研究者という登場人物が多かったのですが、みな親しみやすさがありました。造形のヒントなどあったのでしょうか。

この年齢でこれが書けた。自分はまだ終わっていないというのも確認できました。

山田 神谷春海は他人に対して手厳しく、仲間から〈歩く神罰〉と呼ばれていますが、彼女は物理学者で量子力学の研究で知られるヴォルフガング・パウリを少しイメージしています。パウリも他の研究者に対して辛辣な批判をすることで知られていて、神罰と呼ばれていたそうです。

――物理学をかじったことがある人は、ピンと来るかもしれませんね。

山田 そうですね。ちなみに、莉央が猫に付けたエルヴィンという名前も物理学者のシュレディンガーから来ています。「シュレディンガーの猫」という思考実験で有名ですが、彼の名前がエルヴィンなんです。私の個人的な趣味でちょっとマニアックかもしれませんが。

――そういった面も含めて、SFの醍醐味を存分に感じさせてくれる作品だと思います。それでいて、ジャンルを超えた刺激もありました。書き終えてご自身ではどう思われているのでしょうか。

山田 自分の中でではありますが、新しいものに挑戦できて、それなりに手応えのあるものを世に出せることに喜びを感じています。この年齢でこれが書けた。自分はまだ終わっていないというのも確認できましたし、そういう意味でもとても嬉しいですね。

インタビュー:石井美由貴

角川春樹事務所 ランティエ
2021年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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