まとまらない言葉を生きる 荒井裕樹著 柏書房

レビュー

3
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まとまらない言葉を生きる

『まとまらない言葉を生きる』

著者
荒井 裕樹 [著]
出版社
柏書房
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784760153497
発売日
2021/05/12
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

まとまらない言葉を生きる 荒井裕樹著 柏書房

[レビュアー] 柴崎友香(作家)

話の気づき 解きほぐす

 人はそれほど自分の言葉で話していないのでは、と感じることがよくある。テレビやインターネットから流れてくる言葉や流行(はや)りの言い回し、誰かから言われたことをなぞっていることは多い。しかし、何気なく使うその言葉には個人や社会に「降り積もる」性質があって、自分を縛り、他者を追い詰めることもあるのではないかとこの本はゆっくりと語っていく。

 被抑圧者の表現の研究をする著者が、子供の保育園探しの困難や男性の育休をめぐる知人のふとした会話からの疑問や戸惑い、障害者運動の人たちが発してきた言葉から気づかされたことなどから、現状を解きほぐしつつ考えを巡らせる。著者が障害者運動に関わった女性たちの言葉をその場にいたのに聞いていなかったことへの反省も書かれている。

 自分が自分の価値や生きる意味について考えたり人と語り合ったりすることはあっても、他人からその価値を勝手に判断されたり論証を求められることは「暴力と認識する」、との著者の言葉は噛(か)みしめて読んだ。

 日本語には「純粋に人を励ます言葉」がないのでは、という話も興味深い。「がんばれ」「大丈夫」などは本人の努力を求めるようにも聞こえてしまう。気持ちを表したり伝えたりするちょうどいい言葉がないから気持ちのほうが難しくなることもある。「ない」というのは、そういう気持ちを伝えることに社会が重きを置いてこなかったのかも、と読んでいて思った。

 現代は効率や効果ばかりが求められた短いフレーズが増える一方、どんな状況から出て誰に対してどんな意味を持つ言葉か考える時間が減っている。立て続けに起こる厳しいできごとや人の存在をおびやかす言葉に気持ちが疲弊しがちな今の世の中で、わかりやすい言葉では表現しにくい、しかし確かに存在していることを探り続けるこの本は、対話をし考えながら生きる日々を助けてくれるはずだ。

読売新聞
2021年8月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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