日本美術の冒険者 チャールズ・ラング・フリーアの生涯 中野明著 日本経済新聞出版本部

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日本美術の冒険者

『日本美術の冒険者』

著者
中野 明 [著]
出版社
日経BP 日本経済新聞出版本部
ジャンル
芸術・生活/絵画・彫刻
ISBN
9784532177058
発売日
2021/06/22
価格
3,850円(税込)

書籍情報:openBD

日本美術の冒険者 チャールズ・ラング・フリーアの生涯 中野明著 日本経済新聞出版本部

[レビュアー] 栩木伸明(アイルランド文学者・早稲田大教授)

米収集家の美の遍歴

 日本を含むアジア古美術のコレクションで知られるフリーア美術館は、アメリカ合衆国の首都ワシントンD.C.にある。美術品に加えて建物と購入予算もチャールズ・ラング・フリーア氏が国家に遺贈したものである。

 フリーアはたたき上げの男で、会計能力を武器にして鉄道車両製造会社の経営に参加した。巨万の富を築いた末に45歳でビジネス界を引退し、後半生を美術品の収集と世界漫遊に捧(ささ)げた生き方は、<アメリカの夢>そのものである。

 彼がはじめて日本を訪れたのは1895年、車夫や通訳を雇いながら約4ヶ月間、英語版の旅行案内書を片手に個人旅行を楽しんだ。外国人は骨董(こっとう)屋で足元を見られると考えたフリーアは、この旅では何も買わなかった。だが帰国直後、ニューヨークやボストンの日本人美術商を通じて日本の古美術を買いはじめる。

 以後10年余りの間に、北斎などの肉筆浮世絵を揃(そろ)え、狩野派や仏画を買い、当時、日本では忘れられていた琳派の作品を次々に集めた。とりわけ俵屋宗達の「松島図屏風(びょうぶ)」は、日本にあれば国宝間違いなしとも言われる名品だ。

 日露戦争後の1907年、フリーアは日本を再訪する。実業家で古美術収集家の原富太郎とは意気投合するものの、ライバルの益田孝は、目が利くフリーアが日本の名品を海外へ流出させるのを警戒して距離を置いた。

 フリーアは滞在中東京で詐欺に遭う。寺院の宝を売ると言って贋作(がんさく)をつかませるグループにひっかかったのだ。だが彼は災難の中でも、宗達の「松島図屏風」の図柄を引用した「誰ヶ袖(たがそで)図屏風」の秀作を入手する。したたかな鑑識眼とビジネスセンスに恐れ入った。

 著者はフリーアの日記や手紙を丹念に渉猟し、精緻(せいち)な考証と大胆な推測をまじえながら、美の遍歴をたどる。なお、益田孝はアメリカでフリーアと再会して彼の豊かな公共心に触れ、2人は和解したのだという。

読売新聞
2021年8月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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