『ブランダム 推論主義の哲学』
書籍情報:openBD
ブランダム 推論主義の哲学 プラグマティズムの新展開 白川晋太郎著 青土社
[レビュアー] 瀧澤弘和(経済学者・中央大教授)
言葉の意味はそれが指す対象ではなく、社会の中での使われ方によって決まる。しばしば「意味の使用説」と呼ばれるこの説は魅力的だが、多くの難題を抱えている。ブランダムはアメリカのプラグマティズムの流れをくむ哲学者で、長年この説の精緻(せいち)化を強力に展開してきた。
だが、分析哲学、プラグマティズム、ドイツ観念論をミックスした彼の理論は難解で近づきがたい。本書は、ブランダム哲学の真髄を、近年出版された『信頼の精神』も含め、わかりやすく解説してくれる極めて貴重な本だ。
言葉の意味には自分勝手に与えることが許されない「規範性」が存在する。ブランダムはこのことを、われわれの言語使用が規範的な社会的実践であることに基礎づける。われわれは言葉の交換の中で、自分の発言に関連して責任を負ったり、あることをする資格を得たりするゲームをプレーしている。「推論主義」は、言葉の意味がこうしたやり取り=推論における役割によって決まるというテーゼである。
こうした言語理解の応用範囲は広い。例えば、人間が主観的に生み出しつつも、客観的なものとして現われる社会制度の理解を容易にしてくれる。
だが、言葉の意味が社会的実践の中で決まるとしたら、認識の客観性はどう担保されるのか。推論主義では勿論(もちろん)、実践を超越した「客観性」は望むべくもない。本書最終部は、この問題に迫っている。
ここにおいてブランダムは言説的実践の社会性だけでなく、歴史性にも目を向ける。われわれは概念の矛盾に直面すると、その修繕を行うが、それとともにこのプロセスを合理的に再編成して歴史化する。これをブランダムは「想起」と呼ぶ。「想起」には、過去世代の誤りを赦(ゆる)し、自身の不完全さを未来世代に告白する倫理性が求められる。これが世代を超えて受け継がれるとき、「信頼」で結ばれた共同体の内部で、認識を世界に開いていることになる。
構成が巧みで例示がうまい。このことが本書をとりわけ読みやすくしている。