正義とはなにか。不屈の武士の生き様を描く、感動の歴史長編――『青嵐の坂』葉室麟著 文庫巻末解説

レビュー

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青嵐の坂

『青嵐の坂』

著者
葉室 麟 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041114315
発売日
2021/08/24
価格
748円(税込)

書籍情報:openBD

正義とはなにか。不屈の武士の生き様を描く、感動の歴史長編――『青嵐の坂』葉室麟著 文庫巻末解説

[レビュアー] 大矢博子(書評家)

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

■『青嵐の坂』葉室麟著 文庫巻末解説

■解説
大矢 博子

 二〇一八年八月、その前年に急逝された葉室麟さんを偲ぶお別れの会が、東京のホテルで開かれた。
 会場の一角には大きなテーブルが設えられ、デビュー作から順に葉室さんの著書が年譜のように並べられた。その端──つまり没後に出た最新刊として、この『青嵐の坂』の青々としたカバーが置かれていたのを昨日のことのように覚えている。
 その隣には、同年秋に公開された『散り椿』の映画ポスターのパネルが立てられていた。『散り椿』と『青嵐の坂』──葉室さんの代表作と言っても過言ではない、扇野藩シリーズの口開けと、そして図らずも最終巻となった二冊である。
 その後も、葉室さんの新刊は続々と刊行された。『辛夷の花』(徳間文庫)の巻末解説にも書いたことだが、お別れの会で各社の編集者からその後の葉室作品の刊行予定をたくさん聞き、お別れでも何でもないじゃないか、と場違いにも笑ってしまったものだった。
 そのお別れの会からまもなく三年が経つ。〈新作〉こそもう望めないが──それはとても残念なことではあるが、それでもこうして文庫としてまた葉室さんの作品を読者に届けられることは、実に嬉しい。新たな読者を得て、長く読み継がれるにふさわしい作品を、葉室さんは多く遺して下さった。そしてページを開く読者がいる限り、作家は死なないのだ。

青嵐の坂 著者 葉室 麟 定価: 748円(本体680円+税)
青嵐の坂 著者 葉室 麟 定価: 748円(本体680円+税)

 扇野藩シリーズは前述の『散り椿』に始まり、『さわらびの譜』『はだれ雪』(いずれも角川文庫)と続き、この『青嵐の坂』が四冊目となる。同じ藩が舞台ではあるが、いずれも時代が異なり、登場人物も重なってはいないのでどれから読んでいただいてもかまわない。
 本書『青嵐の坂』は、大火と凶作、さらには幕府の賦役のため窮乏に陥った扇野藩で、厳しい藩政改革を断行していた郡代・檜弥八郎が罠にはめられる場面で幕を開ける。彼を良く思わない家老たちの策略で収賄をでっちあげられ、切腹に追い込まれたのだ。弥八郎は淡々とこれを受け入れつつ、自分の後を継ぐのは「あの者であろうか」と言い残す。
 弥八郎の嫡男・慶之助は江戸で暮らす藩主の世子・仲家のお気に入りだったため咎めはなく、ひとり残された娘の那美は、遠縁の矢吹主馬に預けられることになった。郡方の主馬は弥八郎からかつて藩内で起きた飢饉について調べるように言われており、弥八郎が亡くなったあともその調べ物を続けていた。
 それから数年の後、仲家が家督を継ぐため側近の慶之助を連れて扇野藩に戻ってくる。慶之助にはふたつの目的があった。ひとつは父の仇である家老たちへの復讐を果たすこと。もうひとつは父が道半ばだった藩政改革だ。慶之助は藩札の発行による財政の立て直しを考えていたが、藩札は諸刃の剣で失敗の公算も強い。そこで慶之助は藩札の責任者に主馬を指名し、いざという時には責任を取らせることを思いつく。そこには生前の父に目をかけられていた優秀な主馬への嫉妬もあった──。
 藩主と慶之助からは当て馬として利用され、家老たちからは慶之助の対抗馬として担がれる中、孤立無援の主馬は果たして藩札発行をやり遂げられるのか。弥八郎が死の直前に思い浮かべた後継者たる「あの者」とは誰のことなのか。弥八郎が主馬に調べるように言った飢饉の真相とは何か。折り合いの悪かった父を慶之助が理解する日は来るのか。家老たちへの復讐は果たせるのか。主馬に思いを寄せる那美の恋の行方は。藩札発行に絡んで暗躍する商人に主馬はどう対抗するのか。
 読みどころは尽きないが、本書で特に注目願いたいのは登場人物の変化である。
 誰が──と書いてしまうと興を削ぐので名前は挙げないが、最初は主馬に敵対していた複数の人物が物語の途中で変化を見せるのだ。
 矢吹主馬という人物は、これまで多くの時代小説で葉室さんが描いてきた〈清廉な武士〉である。直木賞を受賞した『蜩ノ記』(祥伝社文庫)の戸田秋谷しかり、『散り椿』の瓜生新兵衛しかり、『はだれ雪』の永井勘解由しかり。愚直なまでに武士の本分をしっかり守り、金や色に揺るがず、悪に屈せず、保身に走らず、多くを語らず、正義を貫く。
 こうして並べると、あまりに立派でリアリティがないようにも感じる。だが葉室麟の腕は、そんな人物をまるで実際にいるかのように描き出す。なぜそんなことができるのか。
 生前、葉室さんは「歴史時代小説のいいところは、モラルが書けることです」と語っている。「現代小説でモラルを書くのは難しいのですが、武士はモラルに縛られているのでテーマが際立ちます」(「野性時代」二〇一七年三月号)。
 葉室作品の主人公は、モラルの人なのだ。人間がかくあるべき理想と言い換えてもいい。主馬は言う。「武家は利では動かぬ。義で動くものだ」──現代では失われてしまったこのような愚直な誠実さが、〈武士の本懐〉という形で時代小説の中には生きている。建前を守るという行為が正しいものとして残っている。だから葉室さんは時代小説というジャンルを選んだ。
 葉室さんの描く〈理想〉を体現した主人公は、その主人公のいる〈高み〉に読者を引き上げてくれる。ここが本来の場所だぞと、人はここに足場を置かねばならないのだぞと、忘れかけていた理想を思い出させてくれる。だから背筋が伸びるのだ。そして本書の中で変化する人々は読者同様、主馬のいる〈高み〉に引き上げられた人々なのである。
 最初から泰然として揺るがぬ主馬が恰好いいのはもちろんだが、途中で過ちに気づき、自分が真に進むべき道に戻る人々が強烈な印象を読者に残す。それはモラルを忘れてしまった現代の私たちも、もしかしたら彼らのように変わることができるかもしれないと思わされるからに他ならない。

 もうひとつ、本書の読みどころは財政再建・藩政改革が軸になっているということだ。藩は何のためにあるのか。政治は誰のためにあるのか。経済は誰を救うものなのか。
 領民の苦しみなど考えもせず現在の地位と利権を守ることばかりに汲々とし、コップの中で派閥闘争を繰り広げることにのみ熱心な重臣や、藩の政策に食い込んで重臣たちを利用し、甘い汁を吸おうとする商人の描写は、そのまま現代を写しとったかのように見える。
「政を行うということは、いつでも腹を切る覚悟ができているということだ。そうでなければ何もできぬ」と主馬は言う。時代小説でしか成立しない〈モラル〉がある一方で、時代小説だからこそそこに仮託して書ける〈警鐘〉があるのだ。
 主馬は改革に乗り出すことを「嵐の吹き荒ぶ坂を上っていくようなもの」と表現している。タイトルの由来はこれだろう。しかしそのまま採るのなら『嵐の坂』でよかったはずだ。だが葉室さんは『青嵐の坂』とした。青嵐とは青葉の頃に吹く強い風のことである。青。青葉の頃。その青という一文字を加えることで、葉室さんはただの嵐ではなく、嵐に耐えた後でまっすぐに雄々しく育っていくものへの──つまり未来への希望をタイトルに込めたのではないだろうか。
 先に述べたように、人は変われるということがこの物語には描かれている。人が変われるのなら、人が為す政治もまた変われるはずだ。
 はからずも扇野藩シリーズの最終巻となってしまった本書だが、ここに託された希望と祈りはすべての葉室作品に通じるものだと私は思う。著者の祈りが込められた多くの作品が、長く、広く読み継がれることを切に願う。

■作品紹介

正義とはなにか。不屈の武士の生き様を描く、感動の歴史長編――『青嵐の坂』葉...
正義とはなにか。不屈の武士の生き様を描く、感動の歴史長編――『青嵐の坂』葉…

青嵐の坂
著者 葉室 麟
定価: 748円(本体680円+税)

正義とはなにかーー。不屈の武士の生き様を描く、感動の歴史長編
扇野藩は破綻の危機に瀕していた。中老の檜弥八郎が藩政改革に当たるが、改革は失敗。挙げ句、弥八郎は賄賂の疑いで切腹してしまう。残された娘の那美は、偏屈で知られる親戚・矢吹主馬に預けられ……。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322102000154/

KADOKAWA カドブン
2021年09月08日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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