グローバル経済とはなにか――新型コロナウイルスがもたらした問題に真正面から取り組む

インタビュー

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教養としてのグローバル経済

『教養としてのグローバル経済』

著者
齊藤 誠 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/経済・財政・統計
ISBN
9784641165823
発売日
2021/05/25
価格
2,200円(税込)

書籍情報:openBD

グローバル経済とはなにか――新型コロナウイルスがもたらした問題に真正面から取り組む

[文] 齊藤誠(名古屋大学大学院経済学研究科教授)

『教養としてのグローバル経済』の著者・齊藤誠先生に、本書のねらいや執筆の工夫、苦労話を伺いました。

出版の経緯――瓢箪から駒?

――はじめに、どのような経緯で本書を書くことになったのか、改めて説明していただいてもよろしいですか。

齊藤 ある教科書会社で「グローバル経済」という商業高校向けの新しい社会科科目を作りましょうということから始まりました。「グローバル経済」の以前は「ビジネス経済」という科目が教えられていて、どちらかというと、大学のミクロ経済学とマクロ経済学をやさしくした内容で、大学の1年生向けの入門書を横滑りさせたら高校の教科書ができるような感じでした。

 「グローバル経済」は良い意味でも悪い意味でも今日的な課題を真正面から取り扱うことを求めています。20世紀末から21世紀にかけて、経済社会に一番影響を与えたグローバル経済という、重たい課題を現実に引き寄せて書かないといけないんですよね。

 なので、最初の編集委員会から難航してしまいました。というのは、「モデル」がなかったからです。前の「ビジネス経済」は大学の入門のミクロ・マクロという非常に整った良いサンプルがたくさんあったので、それを原型にして作ることができました。指導要領の中にあることは重要で大切なことなんだけど、いざ教材をどう作ればいいか、モデルがないまま、なかなかうまく編集作業が進みませんでした。

 私自身は新しいことだから、どんどんやれば良いんじゃないかと思っていたのですが、今までの教科書の体系から大きく変わってしまったので、教科書会社も現場の高校の先生方もついていけなくて、拒絶反応がいろいろなところから出てきてしまいました。私としては指導要領にとことん忠実に作業しているつもりでしたが、それがかえって、既存の教科体系とあまりに大きく違う内容になってしまいました。

 今までミクロやマクロの知識を教えていた高校の先生も、大学で経済学とか経営学の勉強をしていたと思うので、苦労せずに準備できていたと思います。それが、「グローバル経済」になって、昨日の新聞に出たことを教科書に入れないといけなくなってしまいました。

 だけど、今の高校の先生は本当に忙しくなってしまって、新聞をじっくり読むとか、時事的な知識を一生懸命勉強する時間がないんですよね。教科書会社の方も、指導要領から外れることはできないので、難しいことは用語だけを入れてくれればいいみたいになって、専門用語のオンパレードになってしまいました。

 また、グラフを出しても、グラフを説明する文章を教科書の中に書けないんですよ。通常、私たちは、縦軸はなんで、横軸はなんで、それで、なんで右下がりになるんだということから全部書くわけですが、そういうことを書くと煙たがられてしまって……。

 教科書会社や現場の先生方とあまりにすれ違いが大きくなってしまって、一生懸命書いたのにボツになるのはもったいないと思って、渡部さん(有斐閣書籍編集第2部)に相談しました。そこで、グローバルなコンテキストからコロナのことを説明した1章を加えて、一般向けの教科書(教養書)にしていきましょうという話になって、企画を引き受けていただきました。

 そういう意味では、私も最初からそういう気持ちではなかったのですが、瓢箪から駒が出てくれば良いのかなと、結果としてはそう思っています。

指導要領は理想主義?

――そもそも新しい学習指導要領はどういった点で大きく変わったのですか。

齊藤 実は全体が大きく変わってしまっています。第2章はミクロ・マクロなんですけど、需要曲線と供給曲線の交点が均衡価格で均衡数量ですよ、という説明ではなくて、実際の経済社会に生きていく中で、理論を使って現実を解釈できることや、市場をうまく機能させるための仕組みについて説明するように指導要領には書いてあります。たとえば、ミクロの教科書を大学で教えていても、公正取引委員会の話はあまり出てこないですよね。

 独占の話はしますが、市場の競争の状況を維持するには公取のような役割がすごく重要になってくると思います。証券市場だと証券取引等監視委員会。これも金融論ではあまりいわないんですね。だけど、市場のルールや仕組みを考えたときにすごく重要な機関なのです。

 だから、大学の教科書のような書き方はやめようと思いました。かといって、自由に構成はできません。絶対にこの用語は書かないといけない部分は吸収しましたが、一般的な大学の教科書のスタイルはやめました。

 最初考えていたのは、商業高校の生徒さんって、大学に行かない子も多く、経済や社会の仕組みを学校で勉強する最後の機会になるので、社会に入っていくときに必要になるような内容を書いてみたいと思っていました。大学でやるミクロだと、簡単な利潤極大化条件などをやりますが、そんなことをやってもあんまり意味はないと思って、現実の市場にそって書いていきました。たとえば、労働市場を説明するときも、いきなり労働供給・労働需要じゃなくて、あなたが職を探すときにどういうプロセスを踏むのかという記述にしてみたりしました。

 また、「競争市場」の説明も工夫しました。通常は、価格の安さを競う市場として単純に扱われています。たしかに、現実の市場ではシンプルな商品は価格だけを競っていますが、現代の高度な消費社会になると、製品の差別化がどんどん進んで、それぞれが独自なものになるものの、類似した商品とは競争関係にあったりします。なので、どちらかというと「独占的競争」です。

 競争の基軸は価格だけではなくて、さまざまな質の側面で競争している。そういう市場を説明するのに、結構な紙幅を割いています。価格競争で底辺に向かって、みんな行き着いた先にはヘトヘトになっちゃうような市場とは違う市場の記述を厚くしました。大学の初級のミクロで独占的競争を説明することがほとんどない。そういう意味では説明する順序を変えました。

 本書の参考文献としてもあげていますが、ヨーロッパの経済学者中心に大学のオンライン教科書をつくる「コア・プロジェクト」があります。そこでは、はじめの方に独占的競争が出てきますので、いま言ったことは私のオリジナルではありません。

 また、コア・プロジェクトの経済の教科書の最初に成長の問題と同時に格差の問題が出てきます。そういう点も、日本のマクロの教科書の中にあまり入ってこないんですよね。

 だけど、指導要領では最初に書けとなっているんです。教科書の第1章で格差のことを説明しなさいって出ています。これもすごく新鮮でした。グローバル化が格差を生んでているのかどうかは、すぐには結びつかない複雑な話ではありますが、グローバル化していく時期と格差が拡大した時期はほぼ同時進行だったので、その事実はちゃんと伝えることを指導要領は求めています。なので、指導要領は結構考えられています。

 ただ、問題は理想主義的すぎることです。学習指導要領を作られている方のバックグラウンドはわかりませんが、おそらく教材を作って、現場で教える経験がない方か、ほとんどない方なんじゃないかと思いました。それは、今までの現場の制約から離れてやっていけるという面では良いんですけど、やっぱり理想主義的になりすぎちゃう。

 今回みたいに内容がガラッと変わったときに、どういう雛形があるのかとか、どういうモデルがあるのかがあんまりわからない。具体的に書くにはどうすれば良いのかがなかなか見えない状態になってしまいました。本来ならば、数年前から試験的な教材を作っていて、それを教育大学の附属中学や付属高校などで試行錯誤したりすることが必要だと思います。実践的なことを全然していないままに理想主義的な指導要領が急に出てきてしまうと、教科書を作る出版社とか執筆する先生とか、なかなか難しいんじゃないかなと思います。

 本書の執筆のために、いろいろな勉強をしましたが、そういう矛盾があることを大学の研究者としてもわきまえて、小中高の教材に関わることがあれば、真面目に真剣に取り組んでいかないと、長い目で見るとやっぱり大変なことになっちゃうと思いました。

「縛り」が生み出すイノベーション

――逆に、指導要領にそって書いてみたことで良かったことなど、意外な発見はありましたか。

齊藤 本の中には、私の専門領域をはるかに越えたことがたくさん入っていますが、それができたのは、指導要領というガチっとした枠組みがあったからだと思います。指導要領を全部満たしていかないといけないという「縛り」があったからこそ、こういう教科書ができたんだと思います。

 一人だとどうしても自分の守備範囲でやってしまいますが、指導要領にきっちり縛られていたことで、かえって多面的な要素を議論したりすることができたんだと思います。通常、本を作るときは自分で「縛り」を作ることはあると思いますが、人に「縛り」を作られるということはめったにないと思います。

 そういう面では、「前衛は古典から生まれる」というのに近いかもしれないですね。形式がきっちり決められたところから、ほんの数ミリだけズレようとするところにイノベーションが生じる。だから、型を決められると、著者も編集者も当初には想像してなかったものが生まれるきっかけになるかもしれないですよね。

 型にはめられると退屈なものができちゃうと思われてますけど、イノベーションを誘発する面もあるのかなと思いました。

「勇気」を持って問題と向き合う

――執筆を進められるうえで、指導要領のほかに、苦労されたことはありましたか。

齊藤 2020年に執筆したという意味では、やっぱり新型コロナウイルスの感染拡大の状況が進行していたことです。いろいろな側面で経済のグローバル化に影響を与えていたので、第1~4章で学んだことを使って、新型コロナウイルスがもたらした問題に真正面から取り組めるようにしようとした点(第5章)が、すごく苦労しました。昨年の12月には原稿を渡して、3月には刊行できるかと思っていましたが、イラストや写真のレイアウトの準備で編集に時間がかかってしまって、結果的にはそれは甘い見込みになってしまいました。

 そのため、教科書では11月の終わりまでのデータやニュースしか扱えなかったので、「勇気」が必要でした。教科書が出て、何年も経ったあとでも本質的な問題だと確信が持てるものを選び、問題が進行する中で教材を作っていくのは苦労しました。成功しているかどうかは、4~5年経ってみないとわからないと思いますが、出版が今年の夏になっていたとしても、あまり影響は受けないものになったのかなと思っています。

 この面でも、若い人に向けて教科書を書いているという意識はすごく重要でした。接するにはしんどいと思うイシューもありますし、大人たちも考えられていない問題を、若い人に考えなさいというのは、若い人に問題を突きつけているみたいでどうなんだろうと、いろいろと逡巡もありました。

 こういう時代に生きて、みんなが悩んでいる問題――たとえば教科書でも扱っていますが、ワクチンを世界全体でどう分かち合っていくのかという問題は、すごく重たくて、その背後にはたくさんの複雑な問題があります。もちろん、去年の11月の時点、つまり、ようやくワクチンができました、というところで書いていますから、十分な情報を得てはいないのですが、本質的な問題になる点は教科書で書けた気がしています。そういう意味では、コロナに関する執筆が一番苦労した気がします。

 社会科学の研究者としてはコロナが突きつけた「根本的な問題って何なんだろう」ということを考えるきっかけになるような材料を作りたかったというのがあります。

正確に理解する

――最後に、読者の方、特に高校生や大学生の若い方に改めてメッセージをいただくことはできますか。

齊藤 あんまり悲観的になる必要はないと思います。ただ、自分たちが豊かさを得ていこうと、あるいは、豊かさを皆で分かち合っていこうと思うのであれば、世の中のすごく複雑な仕組みや現象に関して、根気よく正確に理解することが重要になるので、どんな立場の人でも、その努力は欠かせません。

 グローバル経済だけではなくていろんな知識を得ていくうえで、そういうスタンスで学業や勉強に接してほしいなと思います。

(2021年5月21日収録)

有斐閣 書斎の窓
2021年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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