誰かに何かしてあげたい―普遍的思いに満ちた教授陣の生き様

レビュー

4
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

クローズアップ藝大

『クローズアップ藝大』

著者
国谷 裕子 [著]/東京藝術大学 [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
芸術・生活/芸術総記
ISBN
9784309631325
発売日
2021/05/24
価格
990円(税込)

書籍情報:openBD

誰かに何かしてあげたい―普遍的思いに満ちた教授陣の生き様

[レビュアー] 二宮敦人(作家)

 5年前に上梓した『最後の秘境 東京藝大』の取材で、ぽろりと出てくる教授の逸話に興味を引かれた。いわく「絵の講評が『愛だね!』の一言で終わる」「バッハの髪型をしている」「煮えたぎった湯に素手を突っ込む」など。教授陣にインタビューしたらさぞ面白いだろうと思っていたが、まさにそれが一冊の本となって現われた。

 企画は藝大の広報・ブランディング戦略担当の箭内道彦氏。聞き手はキャスターとしても活躍し、現在は藝大理事の国谷裕子氏。いわば藝大自らの発信だ。

 教授陣の現在の活動、ルーツ、学生や社会への思いなどが一つ一つ掘り下げられていくが、そのストーリーに読み応えがある。

 今は教授でも、かつてはアートを志す一人の学生だったのだ。「作りなさい!」「でもあなたの作品は、わたしにはわかりません!」と先生に言われた人。シューベルト作曲の「野ばら」の最初の八分音符四つを、それぞれ三十分かけて説明された人。織物の佐賀錦を研究しようと入学したら「そんなに狭く見ないで、世界はすごく広いんだからいろんな分野も勉強しなさい」と促された人。先が見えない不安から一日一枚のドローイングを己に課すなど、もがきながら自分の居場所を探した。

 その経験は、指導法に反映される。ピアノで他の楽器の演奏者の伴奏をするのが楽しくて楽しくて、「自分が嫌なものは全然やらずにきてしまった」と振り返る人は、「だから学生のお手本にはなれないですよ」と葛藤を抱く。「自分で何かを見つけなきゃいけない」という焦燥感で学生時代を過ごし、「何一つ先生に教えてもらってない」と言う人は、学生に「できるだけ答えを話さないように」心がけ、問いかけを通して考えさせる。

 誰かに何かしてあげたい。自分が受け取り培ったものを、今度は世に返したい。そんな普遍的な思いに共感した時、縁遠かったはずの藝大教授陣は親しみ深い人に変わる。一部だけ見れば奇異に思える考え方も、全体が見えれば一人の生き様なのだと飲み込める。

 人選がやや美校系に偏っているのは、元がWEB連載であり、今後も続くゆえか。書籍化に伴う加筆部分を読むと、国谷裕子氏はSDGsの発信に努める中で、アートにそのヒントがあると考えている。箭内道彦氏は社会の問題に藝大がもっとお役に立てる、と信じている。

 誰かに何かしてあげたい。それが藝大にはできるのだ。この本は一冊通して、そういう宣言にも見えてくるのである。

新潮社 週刊新潮
2021年9月16日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加