書籍情報:openBD
アフリカの野生動物を観察した記録の書 その描写が魅力的
[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)
少女時代に家族に見捨てられ、湿地で暮らしてきた女性の人生を、不審死事件を絡めて描いたベストセラー『ザリガニの鳴くところ』(友廣純訳、早川書房)。ディーリア・オーエンズが69歳で書いたこの初小説は、巧みな自然描写でも話題となった。著者はもともと動物学者。元夫のマーク・オーエンズとの共著『カラハリが呼んでいる』(小野さやか、伊藤紀子訳、伊藤政顕監修)は、1974年から7年間、アフリカ南部のカラハリ砂漠の奥地に滞在して野生動物を観察した記録の書だ。わずかな資金と装備で始まったトラブル続きの日常にハラハラするが、なんといっても魅力的なのは自然と動物の描写。負傷しているところを助けたライオンのボーンズとの交流とその顛末、カッショクハイエナの集団行動の謎の解明など心に刺さるエピソードが詰まっている。と同時に、自然保護と現地の人々の生活を両立する難しさについても考えさせられる。
欧米人が記したアフリカの生活の記録といえば、イサク・ディネセンの『アフリカの日々』(横山貞子訳、河出文庫)が有名。男性名だが著者は女性だ。デンマーク生まれの彼女が1914年から18年間、ケニアで広大なコーヒー農園を経営した日々を振り返った作品で、メリル・ストリープ主演の映画『愛と哀しみの果て』の原作でもある。アフリカの大地の美しさや、人々との交流が細やかに、美しい文章で綴られていく。
一方、植民地主義時代をアフリカ側から描いた作品といえばアチェベの『崩れゆく絆』(粟飯原文子訳、光文社古典新訳文庫)。著者は1930年、イギリスの植民地支配下のナイジェリア生まれ。キリスト教徒の両親の教育を受けながら現地の文化や宗教儀礼に触れて育ったという。本作は1958年にロンドンで出版された小説で、19世紀後半の架空の土地が舞台。甲斐性なしの父親を反面教師として勤労に励み、栄誉と財を手に入れたオコンクウォ。だが、不注意による事故で流刑となる。刑期を終え戻った村では、白人による支配が始まっていた……。アフリカ文学の名作。