近世・近代将棋資料<大橋家文書>の研究 増川宏一著 法政大学出版局

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〈大橋家文書〉の研究

『〈大橋家文書〉の研究』

著者
増川 宏一 [著]
出版社
法政大学出版局
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784588300530
発売日
2021/07/02
価格
3,850円(税込)

書籍情報:openBD

近世・近代将棋資料<大橋家文書>の研究 増川宏一著 法政大学出版局

[レビュアー] 佐藤信(古代史学者・東京大名誉教授)

将棋家元一家の日常

 大橋家は、初代宗桂(そうけい)にはじまる近世の将軍お抱えの将棋家。江戸から明治前半に至る大橋家文書は、跡継ぎのない大橋家十二代宗金(そうきん)の娘・孫娘経由で伝わり、一時大阪の将棋博物館に保管された棋書・文書・門人帳などからなる。資料が一部失われるなか、大橋家の歴史を語る文書・冊子が残った。著者は、閉館した将棋博物館の顧問も勤めた将棋史研究者。

 徳川家康に仕えた初代宗桂は、碁家とともに将棋家の俸禄(ほうろく)を得た。のち5代宗桂は命により京から江戸に移り拝領地を得、御用達町人格で寺社奉行の支配を受けた。寺社奉行からの通達や提出した由緒書、多様な上申文書等の控(ひかえ)が多い。由緒書には後世の誇張も見られ、寛政期には将棋は兵法に役立つと主張し始める。

 文書から、将棋家の生活の実情が知られる。毎年四月の御目見えから十二月の御暇(おいとま)までの勤務で、将軍家の様々な儀式に参列し、年に一度江戸城での御城将棋を行うほか、寺社奉行の指示に従うかなり多忙な毎日であった。

 将軍御前での御城将棋は朝晩の料理も付く重要な儀式で、諸方への御礼参りも続いた。ただし元禄年間に、長引くことを避け登城中に対局を終えるよう命じられてから、前日に打った棋譜をたどる対局へと形式化した。その分愛好大名への指導対局を行うサロン化した。

 新発見としては、将棋好きの将軍家治への個人教授「奥御用」の事実、主要な経済基盤であった拝領地の貸家経営、弟子・碁家・寺社奉行らとの交流や月例会など、出入りの多い日常生活がある。

 幕末に将棋が大衆化し隆盛する一方で、大橋家は跡継ぎがなく衰退し、幕府は崩壊する。新政府から拝借地や十二代宗金の家督は認められたが、勤めは失い平民籍に編入された。宗金は、棋力に不安をもちつつ十二代宗家として活躍したが、後継を失い家財売却もめざした。

 藤井聡太二冠の活躍で注目される対局の多い今日の将棋界とは別世界の、近世将棋家の実態を、地道な文書読解から復元された著者(本書刊行直後に他界)の努力に、敬意を呈したい。

読売新聞
2021年9月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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