<東北の本棚>葛藤の末に見つけた道

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<東北の本棚>葛藤の末に見つけた道

[レビュアー] 河北新報

 耳の聞こえない両親の元に生まれた著者が、母親に対して「好き」と「嫌い」の間で揺れ続けた複雑な心模様、孤独感を赤裸々に記し、同じ境遇の人たちと交流する中で母親との関係を再構築していく様をつづったノンフィクションエッセー。差別や偏見に満ちた社会において、障がいのある人本人だけでなく、家族もまた苦しみ、葛藤を抱える現実を浮き彫りにする。
 塩釜市で育った著者は、小学生のとき、仲良しの友達に母のしゃべり方がおかしいと指摘される。「普通ではない」ことを突きつけられ、恥ずかしさから母の存在を隠すようになった。中学時代には、母と出掛けること、母と並んで歩くこと全てを拒否した。
 高卒後、著者は上京する。「世間から向けられる“普通ではない”というまなざしの痛みに耐えられなかった」と述懐する。母を置き去りにし、逃げたのだ。
 それまで背負ってきた苦しみから抜け出したのは、上京後、友人に誘われて参加した手話サークルで、聞こえない親に育てられた聞こえる子ども「コーダ」について知ってからだ。全国に推定2万2000人。「孤独ではない」と、光が差した。
 東日本大震災、父の急病を経て、母のために何ができるか考えるようになった。聞こえない親との理想の関係とは。散々母を傷付けてきた罪深さと後悔の念。著者は過去をさらけ出し、聞こえない人々の苦しみを書いて伝えようと決意する。
 コーダであることに誇りを持ち、母と共に生きる。長い長い葛藤の末に見つけた道に、心からのエールを送りたくなる。
 5章全30話のうち、7話はインターネットメディア「ハフポスト」に掲載した記事を加筆修正した。(郁)
   ◇
 幻冬舎03(5411)6211=1540円。

河北新報
2021年9月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河北新報社

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