本格謎解き小説に登場する科学知識溢れる探偵の活躍ぶり

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本格謎解き小説に登場する科学知識溢れる探偵の活躍ぶり

[レビュアー] 若林踏(書評家)

 本格謎解き小説ファンにとっての玉手箱。東野圭吾『沈黙のパレード』を読み終えるとそんな言葉が思い浮かぶ。本書にあるのは意外な謎、大胆なトリック、堂々たる名探偵の姿だ。

 本書は“ガリレオ”こと天才物理学者の湯川学が探偵役を務める第四長編に当たる。湯川は親友の草薙刑事から不可解な事件の相談を受け、それを鋭い推理で解き明かす、というのがシリーズでは一つのパターンになっている。今回、草薙が湯川に語ったのは、静岡のゴミ屋敷から女性の遺体が発見された事件だ。容疑者は蓮沼寛一という男で、かつて草薙が別の少女殺害事件の容疑で逮捕しながら、証拠不十分で無罪となった。今度の事件でも蓮沼は黙秘を貫き釈放されてしまうが、事件は一件の殺人によって意外な展開を見せる。

 東野圭吾は独創的なトリックを発案する作家だが、本書では湯川が某有名海外探偵小説を引用しながら推理を披露するなど、不可能犯罪の謎解きに対する興味を大いに掻き立ててくれる。同時に超然とした湯川の内奥に隠された感情が描かれる。名探偵を単なる謎解き装置ではなく、血が通ったヒーローに仕立てる小説なのだ。

 理知を重んずる本格謎解き小説において、湯川学のような科学者を探偵役に据える作品は枚挙に遑がない。日本で最も古い部類に入る科学者探偵は海野十三が生み出した帆村荘六だろう。帆村は科学知識を応用しつつ、『蠅男』(創元推理文庫)に登場する密室を自由に出入りする怪人など、奇妙奇天烈な犯罪者たちとの死闘を繰り広げる。日本SFの始祖とも呼ばれる海野の奇想溢れるシリーズだ。

 海外古典ではR・オースティン・フリーマン『オシリスの眼』『キャッツ・アイ』(渕上痩平訳、ちくま文庫)などに登場するジョン・ソーンダイク博士を挙げておく。作品の執筆年代であった二〇世紀前半当時の科学捜査が盛り込まれた本シリーズでは、探偵役による証拠の分析や真贋判定が徹底して描かれる。ミステリにおける手がかりの重要度を押し上げた、里程標的な作品である。

新潮社 週刊新潮
2021年9月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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