物語を読んで初めて泣いた本 作者18歳の名作

レビュー

6
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新美南吉童話集

『新美南吉童話集』

著者
千葉 俊二 [編集]
出版社
岩波書店
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784003115015
発売日
1996/07/16
価格
814円(税込)

書籍情報:openBD

物語を読んで初めて泣いた本 作者18歳の名作

[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)

 書評子4人がテーマに沿った名著を紹介

 今回のテーマは「秋の味覚」です

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 物語を読んで初めて泣いたのは、新美南吉「ごん狐」である。小学校2年のときだった。

 親のいない狐のごんは、兵十という青年が川で捕ったウナギを逃がすいたずらをする。しばらくして兵十の母親が亡くなり、ごんは、あのときのウナギは兵十が病気の母親に食べさせようとしたものだったと知る。

 反省し、毎日こっそり兵十の家に栗や松茸を届けるが、ある日、またいたずらをしにきたと誤解した兵十に火縄銃で撃たれてしまう。最後に兵十が「ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは」と言い、ごんがぐったりと目をつぶったまま頷く場面で大泣きした。

 この名作を書いたとき、新美南吉はまだ18歳だった。昭和18年、喉頭結核のために29歳で死去。評価されたのは没後のことだ。

 南吉は現在の愛知県半田市に生まれた。4歳で母と死別、父の後妻がすぐに男の子を産み、母の実家の養子となる。近所の人から「おとなしいのい」と言われただけで涙ぐむような少年だった。寂しさから人間にちょっかいを出すごんと、死にゆく母になす術もない兵十は、ともに南吉の分身だったのかもしれない。

 南吉のもうひとつの代表作に、20歳で書いた「手袋を買いに」がある。やはり子狐が主人公だが、こちらには優しい母狐がいる。南吉の生涯を知って読むと、冷たい手に息を吹きかけて温めてくれる母狐が、家庭のぬくもりを知らないまま夭折した南吉のあこがれの象徴のように思えてくる。

新潮社 週刊新潮
2021年9月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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