『ヴァイタル・サイン』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
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『がん消滅の罠 暗殺腫瘍』
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[本の森 医療・介護]『ヴァイタル・サイン』南杏子/『がん消滅の罠 暗殺腫瘍』岩木一麻
[レビュアー] 杉江松恋(書評家)
新型コロナウイルスの流行により、誰もが耐乏生活を強いられている。だが、最も辛い日々を送っているのは、言うまでもなく医療従事者だ。南杏子『ヴァイタル・サイン』(小学館)を読み、彼らが背負っているものの重さに改めて思いを馳せた。
〈ヴァイタル・サイン〉とは体温や血圧などの生命兆候を示す数値である。物語の中心人物である堤素野子は、二子玉川グレース病院で働く看護師だ。作者は彼女が忙しく過ごす日々を描きながら、その〈ヴァイタル・サイン〉を読者に示し続ける。認定看護師の資格取得のための受講を認められるなど、勤続十年を経て素野子は職歴の次の階梯に足をかけつつあった。そんな中、彼女の日常に不協和音が響き始める。
医療の現場は学歴などが物を言うヒエラルキー社会である。その中で生きるうちに心に生まれる淀み。溜め込んだ鬱屈を歪んだ形でひそかに晴らそうとする同僚も出てくる。素野子もまた、クレーマーと化した患者の家族と接しているうちに心の均衡を失っていくのだ。
避けがたい破滅へ向けて進んでいってしまう主人公を描いた作品で緊迫感がある。恐ろしいのはこれが誇張でもなんでもない実態だということだろう。幕の下ろし方にやや疑問を感じないでもないが、目を背けるべきではない現実を描いた小説であり、一読の価値は十分にある。
岩木一麻『がん消滅の罠 暗殺腫瘍』(宝島社)は、二〇一七年に第十五回「このミステリーがすごい!」大賞を獲得したデビュー作『がん消滅の罠 完全寛解の謎』の続篇である。作者は放射線医学の研究職出身で、専門知識を交えた文章はさすがに手慣れている。前作では体内を密室に見立て、そこからがんが消えるという不可能状況が描かれた。日本がんセンターの夏目典明と羽島悠馬が、再びがんの謎に挑む。
ある日夏目は、高校時代からの友人である森川雄一から奇妙な話を聞かされた。森川の勤める生命保険会社で契約を締結してからまだ日が浅い複数の顧客が、相次いで同じ種類の皮膚がんだと診断されたというのである。なんらかの不正が、組織的に行われているのではないか。
人工的にがんを発症させることが果たしてできるのか、という謎がまず呈示される。それを追及していく過程で浮き彫りにされるのが、がん患者など救いを求める人を喰い物にする代替医療の実態である。弱みにつけこんで金をむしり取るだけではなく、適切な医療処置を受けることを怠らせて、救える命を失わせているのだとしたら、それを殺人行為と呼ぶ者もいるだろう。
ある殺人事件を軸にしながら、作者は代替医療を巡る人間模様を描き出していく。スリラー的展開は読みごたえがあり、不正に対する強い怒りも感じられる作品である。