谷瑞恵『あかずの扉の鍵貸します』を瀧井朝世が読む「秘密を守ってくれる洋館」

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谷瑞恵『あかずの扉の鍵貸します』を瀧井朝世が読む「秘密を守ってくれる洋館」

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

秘密を守ってくれる洋館

 人の心には記憶が蓄積していくが、それは家もまた同じ。谷瑞恵の『あかずの扉の鍵貸します』は、さまざまな人の大切な記憶を閉じ込めた、奇妙な洋館の、温かい物語。
 高校生の時に火災で両親を亡くし、遠縁の老婦人、不二代(ふじよ)と一緒に暮らしてきた水城朔実(みずきさくみ)。大学生となった彼女は、病に倒れた不二代から「あかずの間がほしい」と告げられる。渡された名刺にある北鎌倉の外れの建築事務所を訪ねると、そこは森に囲まれた高台の斜面に立つ大きな洋館。建て増しを繰り返したいびつな館の主(あるじ)で建築士の幻堂風彦(げんどうかざひこ)によると、そこでは空いている部屋に依頼主の大事なものを保管して施錠してくれるという。不二代が残しておきたいものとは、一体何か。
 不二代の思いを果たし彼女を看取った後、朔実はその館、通称「まぼろし堂」の下宿人になる。実は彼女、建築物が大好きなのだ。一見(いちげん)さんは屋敷内で迷ってしまうほど入り組み、部屋数の多いその館には、他にも数名の下宿人や管理人が住んでいる。彼らにまつわるさまざまな事件に遭遇し、解決に奔走するなかで、朔実は一人一人の悩みや思いを理解していく。さらには風彦や「まぼろし堂」そのものの謎も浮かび上がってきて――。
 洋館の作りや室内のレリーフの描写が非常に楽しく、こんな屋敷があるなら行ってみたいと思わせる。下宿人たちが抱える事情はみな複雑だが、困っている人に手を差し伸べずにはいられない朔実と、距離を置いて冷静に見守る風彦、どちらのスタンスも思いやりがあって心地よい。朔実が少しずつ風彦に恋心を抱く過程や、謎めいて見えた彼の人間味が見えてくる様子も胸をくすぐり、谷作品ならではの醍醐味(だいごみ)がある。
 人の心の「あかずの扉」も、無理やりこじ開けようとせず、開かれるタイミングを待つことが肝要と感じさせてくれる。本格ミステリーとはまた違う、心優しい「館もの」として楽しませてくれる。

瀧井朝世
たきい・あさよ●ライター

青春と読書
2021年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

集英社

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