ヒロシマを暴いた男 米国人ジャーナリスト、国家権力への挑戦 レスリー・M・M・ブルーム著 集英社

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ヒロシマを暴いた男 米国人ジャーナリスト、国家権力への挑戦

『ヒロシマを暴いた男 米国人ジャーナリスト、国家権力への挑戦』

著者
レスリー・M・M・ブルーム [著]/高山 祥子 [訳]
出版社
集英社
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784087735154
発売日
2021/07/15
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

ヒロシマを暴いた男 米国人ジャーナリスト、国家権力への挑戦 レスリー・M・M・ブルーム著 集英社

[レビュアー] 橋本倫史(ノンフィクションライター)

原爆被害 想像力に訴え

 1945年8月6日、広島に原子爆弾が投下された。「ヒトラーよりもひどい残虐行為をした」という評判が立つのを望まなかったアメリカ政府は、放射能の余波を否定し、原爆に関する報道を抑制した。隠蔽(いんぺい)されかけた広島の実情を暴いたのがジョン・ハーシーだった。本書はハーシーが1946年に発表したルポルタージュ「ヒロシマ」をめぐるドキュメントだ。

 終戦直後のアメリカでは、日本に対する反感が強く、原爆投下は肯定的に受け入れられた。また、第二次世界大戦中に爆撃された都市の風景写真に見慣れた読者には、キノコ雲の写真は限られた感情的反応しか喚起しなかった。だが、「悪事をおこなう凶悪な敵にさえも、その人間性を認めなければならない」と、ハーシーは広島で「人間に何が起きたのか」を取材する。

 戦後のめまぐるしい国際情勢の中で、原爆投下はたった1年で「昨日のニュース」とされつつあった。つまりそれは、依然として報道規制があったにしろ、もはや「丸見えの状態で隠されている重大な記事ネタ」だった。

 どうすれば広島の実情を報じ、ひとびとに「人間性を共有する感覚を取り戻させる」ことができるのか。ハーシーは「その記事が小説のように読めなければならない」と考えた。ジャーナリズムが「読者に歴史を目撃させる」のに対し、フィクションは「読者に、それを生きる機会を提供する」というのが彼の持論だ。

 「ヒロシマ」は「爆発」的な反響を呼び、世論を動かした。その「余波」に、彼は手応えを感じていたのだろうか。本書の終盤には、「ヒロシマ」を発表したのち、ハーシーは報道から創作に興味を移したことが端的に綴(つづ)られる。

 新聞を読めば、世界で起きた悲惨な出来事が毎日のように報じられている。ひとつひとつの記事の向こうに人間がいる。その想像力を持ち続けられるかどうかは、読者であるわたしたちに委ねられている。高山祥子訳。

読売新聞
2021年9月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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