虚構と現実が追いかけっこ?! 開かれて閉じない物語12篇

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永遠の家

『永遠の家』

著者
エンリーケ・ビラ=マタス [著]/木村榮一 [訳]/野村竜仁 [訳]
出版社
書肆侃侃房
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784863854734
発売日
2021/08/10
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

虚構と現実が追いかけっこ?! 開かれて閉じない物語12篇

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 スペインの現代作家エンリーケ・ビラ=マタスは、虚実マスターと呼びたくなる小説家だ。

 二十五年間も何も書けないでいる男が、否定的な衝動によって書けなくなってしまった文学的創造者たちの症例を挙げていく『バートルビーと仲間たち』。以降、一九二○年代に実在した前衛芸術家の集団「秘密結社シャンディ」の活動を虚実とり混ぜて描いた『ポータブル文学小史』、マルグリット・デュラスの家の屋根裏部屋に居候していた若き日の体験を綴った『パリに終わりはこない』と、日本語で読める作品はいずれも虚構と現実の混淆、せめぎ合い、融合を描いて唯一無二、特別な輝きを放って読者を魅了するのだ。

 そのビラ=マタスの初期作にあたる連作短篇集『永遠の家』もまた、持ち味を存分に発揮した不思議な物語ばかりを一ダース収録。少年時代に端を発する殺人事件というミステリー仕立の物語を軸にしながら、〈ぼく〉が自分の声を失うことで腹話術師としての名声を得るまでに経験する奇妙な出来事の数々を挿入し、現実が虚構を、虚構が現実を追い越す瞬間を鮮やかに描き出す「ぼくには敵がいた」を皮切りに、解釈は読者に任すといわんばかりの決着をつけない物語が並んでいく。

 一篇をのぞいては、主人公はすべて腹話術師。多彩な声を操ることが芸となる腹話術を俎上に載せることで、小説における声がいかにあるべきかを考察すると同時に、幼年期を失ってしまった“わたしたち”への哀惜の念がこめられた連作になっているのだ。その中で虚実は混淆しているというよりも、追いかけっこをしている風なのが斬新だ。どちらがどちらを追いかけているのかわからなくなる円環運動。その現場が、失われた幼年時代を封じ込めた「永遠の家」なのだと、わたしは解釈した。多様な読解が可能な、開かれて閉じない物語が好きな方におすすめしたい珍品にして逸品だ。

新潮社 週刊新潮
2021年9月30日秋風月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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