『忌名の如き贄るもの』
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ミステリーか、怪談か 宙吊りにされる唯一無二の読み心地
[レビュアー] 杉江松恋(書評家)
現代屈指の探偵小説連作である。
三津田信三『忌名の如き贄るもの』は、昭和三十年代を舞台として作者が書き続けている民俗学ミステリー、刀城言耶シリーズの最新作だ。
怪奇譚蒐集家である刀城言耶は、東城雅哉の名で小説を書いてもいる。各地で怪しい事件に遭遇した結果、本人の意志とは別に名探偵としても知られるようになったのである。
生名鳴地方の虫くびり村には、忌名の儀礼が伝えられているという。かつて幼児の死亡率が高かった時代においては、わざと我が子を邪険に扱うなどの魔除けが行われることがあった。忌名の儀礼もそれに似て、生後七年おきに密事を行うのである。十四歳でそれに参加した尼耳李千子が奇禍に見舞われ、幽体離脱の状態で自分の通夜を見ているという衝撃的な場面で物語の幕は上がる。
幸いにも生還した李千子は、言耶の大学の先輩と結婚することになった。その縁談を成立させるために一肌脱ぐことになった言耶が虫くびり村を訪れようとしていた矢先、忌名の儀礼のため山に入っていた李千子の義弟が亡くなったという報せが入る。
イザナギの黄泉国巡りを思わせる儀礼や山中を彷徨する角目の化物などの奇怪なモチーフにまず度肝を抜かれる。ふんだんに民俗学の知識が盛り込まれるのが本シリーズの決まりだが、今回も村八分や両墓制の習俗などについての言及がある。それらは単なる蘊蓄ではなく、山全体を密室に見立てた不可能犯罪の謎解きには欠かせない手がかりなのである。
読んでいるものが謎解き小説なのか、それとも怪談なのか、判らなくなる瞬間が頻繁に訪れる。それが作者の狙いで、刀城言耶の推理が終了するまで、読者は宙吊りにされるのだ。それが唯一無二の読み心地を与えてくれる。今回の謎解きは最後まで油断がならず、読後も幽明の境に取り残されたような感覚が続く。謎は解かれるが別の謎が残る。閉じた幕の隙間から覗くものの妖しさよ。