「アイドル」と「慰安婦」を結びつけて平和の国に浮かび上がる戦争と性暴力

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「アイドルの国」の性暴力

『「アイドルの国」の性暴力』

著者
内藤 千珠子 [著]
出版社
新曜社
ジャンル
文学/文学総記
ISBN
9784788517349
発売日
2021/08/05
価格
3,190円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「アイドル」と「慰安婦」を結びつけて平和の国に浮かび上がる戦争と性暴力

[レビュアー] 吉田豪(プロ書評家、プロインタビュアー、ライター)

 昭和から現在に至るまで相当な数のアイドル本を読んできたボクも、この本には衝撃を受けた。帯にはこうある。「現代日本はアイドルが活躍する『平和な国』である。しかし一方で『慰安婦』問題という難題もかかえている。二つを結びつけたとき、『アイドルの国』は戦争の影をおび、性暴力にあふれた場所に見えてくる」って、アイドルの問題についてはうるさいつもりだったけど、これを結びつけるのは予想外すぎ!

 おそらく、ジェンダー関連の知識はあってもアイドルにはそんなに詳しいわけでもない著者が、かなりの数の資料本を読み込み、アイドルの問題点についてまず語っていく。しかし、その資料本の偏りのせいなのか、語られるのは「競い合わされる戦いの場」としての要素が強い、かつてのAKBのことばかり。「現代のアイドルが生きる『戦争』の物語は、女性の性的身体が消費されるという公然の秘密を携えたままに機能している」ので、AKBの歌詞で描かれる「『僕たち』が、アイドルを応援し一緒に戦うことは、自分の代わりに戦ってくれるアイドルの物語を経由して、自らが戦わなくてはならない現実の競争から目をそらす行為につながっていく」という感じだ。

 それが前半の第一章で、ジェンダーの専門家がこういう部分を掘り下げること自体は歓迎したいから、思わず地下アイドルとか、ここ最近のアイドル事情とかの資料を提供したくなったんだが、第二章、第三章では松田青子『持続可能な魂の利用』、横田創『残念な乳首』といったアイドルがモチーフの小説を大量に引用して、アイドルの世界やジェンダーの問題について語っていくのだ。

 どうせなら現実のアイドルと性暴力との関係に絞った本にして欲しかったし、書き下ろしは第一章だけで残りの殆どは既存の原稿を集めたせいか後半の「慰安婦」パートとの乖離は否めないから、このテーマで一冊書き下ろしてくれることに期待。

新潮社 週刊新潮
2021年9月30日秋風月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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