嫉妬や羨望、多々あれど胸を打たれる「友という名の同業者」

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  • 美しき町・西班牙犬の家 : 他六篇
  • 谷崎潤一郎マゾヒズム小説集

書籍情報:openBD

嫉妬や羨望、多々あれど胸を打たれる「友という名の同業者」

[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)

 文豪という言葉は面白い。どんな有名作家も生きているうちは文豪とは呼ばれない。死後、いつの間にか与えられる称号だ。

 石井千湖『文豪たちの友情』は、後年「文豪」となる文学者たちの交流を、友情という切り口で紹介した評伝集。人間くさい素顔にくすりとしたり、突っ込みを入れたりしているうちに、彼らの作品を読みたくてたまらなくなる。

 お互いへの慕わしい気持ちを短歌に詠んだ佐藤春夫と堀口大學。蔵書を売り、服を質に入れてまで石川啄木の窮状を助けた金田一京助。志賀直哉の恋を後押しした武者小路実篤。〈涙ぐましいほどに純情〉〈魂の祕密な隱れ家〉と萩原朔太郎が表現した梶井基次郎と三好達治の交わり……丹念にセレクトされたエピソードと文献からの引用が愛情ある手つきで並べられ、控え目に添えられる著者の見立てが「文豪になる前」の彼らの人生に寄り添う。ときに嫉妬や羨望もあったであろう「友という名の同業者」の間に存在した友情の有りように胸打たれるのは、「情」が具体的な行動によってのみ示されるものだからだろう。落第、引っ越し、喀血(結核)の多さに、明治から昭和初期の日本人の生活風景を見ることもできる。

 様々な関係に一番多く登場するのは「門弟三千人」と言われた佐藤春夫。作品集『美しき町・西班牙犬の家』(池内紀編、岩波文庫)は、不思議な童話あり、美しく残酷な恋愛ものあり、独白だけで綴られたサスペンスありとバラエティに富んでいて、ページをめくるのが楽しい。去年重版され、手に入りやすくなった。

 春夫の交友関係でもっとも有名なのは、谷崎潤一郎の最初の妻・千代をめぐる「小田原事件」かもしれない。千代を譲ると言いながら撤回した谷崎を春夫は許せず絶交。約束が果たされたのは、それから九年後の一九三〇年だった。

 春夫と谷崎の交流が始まったのは一九一七年。その年に谷崎が発表した「魔術師」が収録された『谷崎潤一郎マゾヒズム小説集』(集英社文庫)は、嬉々として馬鹿にされる男の描写が最高だ。

新潮社 週刊新潮
2021年9月30日秋風月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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