【聞きたい。】福島あつしさん「ぼくは独り暮らしの老人の家に弁当を運ぶ」

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ぼくは独り暮らしの老人の家に弁当を運ぶ

『ぼくは独り暮らしの老人の家に弁当を運ぶ』

著者
福島あつし [著]
出版社
青幻舎
ISBN
9784861528552
発売日
2021/08/22
価格
3,960円(税込)

書籍情報:openBD

【聞きたい。】福島あつしさん「ぼくは独り暮らしの老人の家に弁当を運ぶ」

[文] 黒沢綾子


福島あつしさん

■「生」の力強さ、伝えたい

物が散乱した部屋、敷きっぱなしの布団、ひとりで食事を口に運ぶ背中…。

これは未来の自分じゃないかと一瞬、目をそむけたくなる。「わかります。最初は僕もそうでしたから」

23歳のとき、バイト情報誌で見つけた高齢者専門の弁当配達の仕事。川崎市内で足かけ10年、独居のお年寄りに昼夜、安否確認も兼ねて食事を届け続けた。その間の濃密なやりとり、悩みや葛藤、そして現場で得た感動をすべて詰め込んだのが、自身初の写真集「ぼくは独り暮らしの老人の家に弁当を運ぶ」(青幻舎・3960円)だ。

最初から撮影ありきではなく、弁当店の店長に勧められたのが端緒だった。「お客さんの笑顔を撮ってあげたら喜ぶのでは、という趣旨だったと思う」。翌日から一眼レフのカメラ持参で配達に向かうも、半年間、シャッターを切れなかったという。

「初めて〝現場〟に足を踏み入れたときの衝撃がすごく大きくて…。おじいちゃん、おばあちゃんが縁側に並んでお茶をすする老後-そんな〝豊かな日本〟のイメージがガラガラと崩れた。一方で、他の人が見ていない景色を僕は見ている。何か伝えなきゃとぼんやり考えていました」

「撮ってもいいですか」。勇気を振り絞って一枚撮影した瞬間、もう逃げられないと思ったという。

■充実感と葛藤と

一日平均のべ50、60件。「直接本人に渡すのが原則。ふらっと散歩に出てるかもしれないし、部屋で倒れているかもしれない。日々何が起こるか分からないので結構大変です」。いるかな? 大丈夫かな? 弁当配達員と客として日々言葉を交わすうち、年の離れた友人のように親しくなってゆく。

「一日に会うのは僕ら配達員だけという人も。いろんな話をしてくれて、人生の勉強になりました」。そのうち、休日にも遊びにいくようになった。「撮ると、その世界をもっとよく見ようとする。それについて思いを巡らす時間が増え、生活の大部分を占めるようになり、どんどん沼にはまっていった」と振り返る。そんな日常の中で撮影を重ね、作品として展示するまでに至った。

ところが、写真を前に涙を流す人を見て、罪悪感がわき上がってきた。

「なんてことしてしまったんだろう、と。僕がお客さんを『かわいそうな人』にしている…」。苦しくなり、配達の仕事を辞めては戻るを繰り返した。

■友人の一言で転換

確かに、福島の写真の中に、にっこり笑顔の老人はほぼ見られない。でも被写体はみな、自然体だ。床に転がったままの人もいるし、絵を描いたり編み物をしたりと好きなことに没頭する人もいる。

「福島君の写真って最初はしんどいけれど、じっと見てると『生』に転換するんだよね」。そんな友人の一言で、自分の中でスイッチが切り替わった。

「自分はお年寄りに忍び寄る『死』を撮っていると思ってたけど、実はその『生』に毎日感動していたんだと気づいた」

配達員生活に区切りを付けて7年がたつ。老いて独りでも、寝床から起き上がれなくても、明日を生きるため食べる-。10年かけて撮りためた大量のL版プリントには、生の力強さが焼き付いている。

黒沢綾子

   ◇

ふくしま・あつし 1981(昭和56)年、神奈川県生まれ。大阪芸大写真学科卒。2019年、本書のもとになった作品「弁当 is Ready」で、写真表現の公募賞「KG+Award」グランプリを受賞。翌年のKYOTOGRAPHIE京都国際写真祭で展示され、話題を呼んだ。

「ぼくは独り暮らしの老人の家に弁当を運ぶ」出版記念の写真展が9月25日まで、東京・銀座のIG Photo Galleryで開催されている。

産経新聞
2021年9月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

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