受験あるあるの先へ 『翼の翼』著者新刊エッセイ 朝比奈あすか

エッセイ

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翼の翼

『翼の翼』

著者
朝比奈あすか [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334914288
発売日
2021/09/24
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

受験あるあるの先へ 朝比奈あすか

[レビュアー] 朝比奈あすか(作家)

 中学受験小説。我ながら、よく書いたものだと思う。

 書いている間じゅう、辛かった。これまで色々な小説を書いてきたが、こんなにも、書きたい気持ちと書きたくない気持ちがせめぎ合った物語は初めてだ。

 オファーがあったのは八年程前か。当時私は子どもの中学受験の伴走をし、毎日疲れ果てていた。真剣になりすぎていたのである。そんな私の様子を見て、「いつかこの経験を小説にしましょう」と編集者が言った。「いつか……?」本当にそんな日が来るのだろうか。先が見えなかった。

 私は、自分の心を落ち着けるために様々な雑誌や指南書を読み漁っていた。佐藤ママのセミナー、高濱正伸先生の講演会、鳥居りんこさん主宰の飲み会……。小説の取材ではなく、一母として、切実な思いで参加した。いちいち感銘を受け、良い母になろうと心に決めて帰宅するのだが、現実の子どものサボり具合や反抗的な態度を前にすると、もう駄目だった。子どもを心配するからこその苛々(いらいら)が、子どもの心を痛めつける獰猛(どうもう)な言葉に変わる瞬間を、数知れず経験した。

 親子で挑む、とか、親が九割、というのも読んだけれど、親が子をうまく導くのが、どれだけ高度で辛抱のいる作業か……。私の知り合いに児童心理学の専門家がいるが、中学受験で親子関係はボロボロになっていた。穏やかに終えているように見える家庭もあったが、子を思えばこそ途中経過で揺れ動いた心や不安な思いはあっただろう。子どもの成績が数値化され、学校を選ぶ、学校から選ばれる、という現実はパターン化できないほど壮絶なものだ。

 だから私は、中学受験小説を書くのなら、あるあるではなく、私の子どもたちや私自身の経験談でもなく、その子の、その親の、ひとつしかない人生として書こうと心に決めた。

 成功したかは分からないが、翼(つばさ)の翼の行く末が明るいものになることを、今も私は心から祈っている。

光文社 小説宝石
2021年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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