私がホームレスだったころ 李玟萱(リー・ウェン・シュエン)著

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私がホームレスだったころ 李玟萱(リー・ウェン・シュエン)著

[レビュアー] 山本薫子(東京都立大教員)

◆人生の浮き沈み 歴史と重ね

 原題の「無家者(ウーチャーチュー)」は、居住に困難を抱えている人々を指す。出版を企画した台湾芒草心慈善協会がこの語を用いた理由は、従来の路上生活者のイメージを超え、居住困難者の状況を一般により広く伝え、理解を促すためだという。

 元ホームレス(無家者)たち十人および支援に携わるソーシャルワーカーたちへの聞き書きはいずれもとても生き生きとして、読み進めていくとまるで彼ら彼女たちが話す様子を真横で聞いているような気すらする。それほど身近にそれぞれの「人」が感じられる書き方となっている理由は、本書が企画された目的と大きく関わる。それは、一般社会でのホームレスに対する理解を深めるためである。背景にはホームレスに対する偏見、差別や暴力が今も絶えないこと、そして台湾のホームレス支援をめぐる状況がある。

 日本と異なり台湾では中央政府レベルでホームレスの定義はなく、支援施策のモデルは示されているものの、具体的な支援のあり方は各自治体に委ねられている。そのため地方ごとに支援内容は異なる。また、低家賃の公営住宅の不足、公的扶助の受給資格に関する制限など社会福祉に関わる構造的問題が存在する。特に大きな障壁となっているのが戸籍問題だ。その自治体に戸籍を置く者だけが、日本での生活保護にあたる公的扶助の受給資格対象とみなされる。しかし、台北市のホームレスの約七割は市外に戸籍を持つ。そうした難しい状況でのソーシャルワーカーたちの情熱や奮闘ぶりに加え、複数機関をつなぐ支援システムづくりの工夫やアイデアからは多くを学ぶことができる。

 本書は台湾で多くの読者を獲得したという。大きな理由の一つは、元ホームレスたちが語る自分史、その浮き沈みや時代に翻弄(ほんろう)される様がまさに台湾の現代史と重なるからだろう。台湾をめぐる政治情勢、経済や産業の変化の大きな渦に巻き込まれ、健康を害し、住まいを失った人々を同じ時代を生きてきた一人の「人」として捉え直し、出会い直す。台湾社会に小さな、しかし重要な種を播(ま)いた一冊だ。

(台湾芒マン草ツァオ心シン慈善協会企画、橋本恭子訳、白水社・2530円)

李玟萱 台湾の作詞家、作家。

<台湾芒草心慈善協会> ホームレス支援のソーシャルワーカーでつくる社団法人。

◆もう1冊

山口恵子、青木秀男編著『グローバル化のなかの都市貧困』(ミネルヴァ書房)

中日新聞 東京新聞
2021年9月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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