武器を持たないチョウの戦い方 ライバルの見えない世界で 竹内剛著 京都大学学術出版会

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武器を持たないチョウの戦い方

『武器を持たないチョウの戦い方』

著者
竹内 剛 [著]
出版社
京都大学学術出版会
ジャンル
自然科学/生物学
ISBN
9784814003372
発売日
2021/06/01
価格
2,420円(税込)

書籍情報:openBD

武器を持たないチョウの戦い方 ライバルの見えない世界で 竹内剛著 京都大学学術出版会

[レビュアー] 中島隆博(哲学者・東京大教授)

自然の見方 根底的変容

 チョウマニアが研究の道を究めると、かくも斬新なコペルニクス的転回を遂げるものなのであろうか。卍巴飛翔(まんじともえひしょう)と呼ばれるチョウのオス同士が互いを同一円上で追いかけ合う行動がある。それは、従来言われてきたような縄張り争いのような闘争ではなく、相手を同性と認知できないがための、つまりは異性かもしれないと思っての求愛行動である、というのである。

 わたしたちは、チョウのオスがメスを異性として認知しているのであれば、当然ながらオスを同性として認知していると思い込んでいる。そのために、著者によれば、以前の研究では、攻撃力に乏しい動物であっても、同性同士が闘争するはずで、それは「持久戦モデル」という自分の存在を誇示し続ける行動によって説明できるとされていた。しかし、それならば相手を追いかけたりしないで、止まっていて相手が消耗するのを待てば有利となる。

 ここで小さい時からチョウの観察に関心を持ち、高校生の頃には自転車で野山を疾駆し、長竿(さお)の捕虫網を自在に操ってきた著者は、人間の視点からではなく、動物の視点からもう一度データを見直したのだ。それが、チョウの認識に「オッカムの剃刀(かみそり)」すなわち、ある事柄を説明するのに必要以上の仮定を用いるべきではないという「思考節約の原理」を適用し、異性と天敵は認識するが、同性は認識しないと考えてみた。すると、自分の領域に入ってきたチョウを異性ではないかと追いかけるが、そうではないとわかれば、天敵であることになるので、一方が立ち去るというのである。

 著者が指摘するように、これは人間の直観には反するので、研究者コミュニティにはなかなか受け入れてもらえず、論文が掲載されるまでには実に悪戦苦闘があったようである。それでも、最終的には認められ、第11回日本動物行動学会賞(2020年度)の受賞にまで及んだ。この本は、自然を探究する精神の瑞々(みずみず)しさと世界の見方の根底的な変容に触れることのできる佳作である。

読売新聞
2021年9月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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