結 妹背山婦女庭訓 波模様 大島真寿美著 文芸春秋

レビュー

9
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結 妹背山婦女庭訓 波模様

『結 妹背山婦女庭訓 波模様』

著者
大島 真寿美 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163914107
発売日
2021/08/04
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

結 妹背山婦女庭訓 波模様 大島真寿美著 文芸春秋

[レビュアー] 仲野徹(生命科学者・大阪大教授)

「浄瑠璃地獄」三人三様

 浄瑠璃作者・近松半二を描いて直木賞に輝いた『渦 妹背山(いもせやま)婦女(おんな)庭訓(ていきん) 魂結び』から二年、大島真寿美の受賞第一作だ。操(あやつり)浄瑠璃――いまでいうところの文楽――に取り憑(つ)かれた者たちの厳しくも愉快な「浄瑠璃地獄」を描いた作品である。半二の苦悩が強く感じられた『渦』とは違って、『結』はずいぶんと明るく軽やかだ。それは、主人公の一人、飄々(ひょうひょう)とした「チャリ名人」耳鳥斎(にちょうさい)に負うところが大きい。

 「チャリ」とは浄瑠璃や歌舞伎での滑稽な詞章や場面のことである。骨董(こっとう)商を営みながらも、浄瑠璃を語らせたら玄人裸足(はだし)という耳鳥斎の人柄は、その描いたゆるくてかわいい戯画から偲(しの)ぶことができる。ぜひ画像検索してみてほしい。一目瞭然、微笑(ほほえ)んでしまうこと必至だ。

 耳鳥斎、同い年の遊び仲間である徳蔵、そして、半二の忘れ形見で徳蔵らよりも一回りほども年下のおきみを軸にした群像小説である。竹本義太夫が一世を風靡(ふうび)してから半世紀以上がたち、操浄瑠璃の人気が下降して歌舞伎にその座を奪われた時代、三人三様に浄瑠璃地獄に堕(お)ち、もがき続ける。不思議な師弟関係、恋愛らしきもの、火事など、いろいろな出来事があるが、登場人物はみな活(い)き活きとしている。

 この小説、真の主役は近松加作かもしれない。半二が未完で遺(のこ)した作品『伊賀越道中双六(すごろく)』を仕上げたのが加作なのだが、その一作だけにしか名を残さない謎の浄瑠璃作者だ。作家の想像力というのは凄(すご)い。大島が考えついた加作が実話であったとしても何ら不思議ではない。そして、もしそうだったなら何とも小気味よい。

 「硯(すずり)」の章で『渦』は始まり『結』が終わる。なので、この連作で浄瑠璃話は終わりかもしれない。ただ、大島さんは『渦』の執筆をきっかけに、六代目・豊竹呂太夫師匠に浄瑠璃義太夫を習っておられる。その兄弟子として、ご自身の苦しく楽しい浄瑠璃修業を踏まえた作品をいつかものしてほしいと強く望んでいる。

読売新聞
2021年9月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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