黒牢城 米澤穂信著 KADOKAWA

レビュー

5
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

黒牢城

『黒牢城』

著者
米澤 穂信 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041113936
発売日
2021/06/02
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

黒牢城 米澤穂信著 KADOKAWA

[レビュアー] 木内昇(作家)

村重、官兵衛 推理戦の妙

 信長の臣下にあって、一筋縄ではいかぬ曲者(くせもの)。荒木村重には、史実に照らしてそんな印象を抱いていた。彼が謀叛(むほん)を起こし、有岡城に籠もってのちの顛末(てんまつ)を、ミステリの精鋭・米澤穂信が描く。となれば、平凡な歴史小説とはならぬ。籠城中に起こる奇怪な難事を村重が解き明かす、斬新にして骨太な推理譚(たん)が立ち現れた。

 納戸に閉じ込めた人質が、何者かに殺される。近習や御前衆による厳密な見張りの目をかいくぐっての暗殺は、誰が、どのような手法で行ったのか。また、織田方、大津勢との戦で敵将・大津伝十郎を討つも、その首を判じ得ずにいる中、首実検にかけたひとつが形相を変ずる。周囲は「祟(たた)りの兆し」とおののくが、村重は慎重に経緯を見澄ます。推測の過程で折々に、人質として有岡城に幽閉され、自由に動けぬはずの不世出の軍師・小寺(黒田)官兵衛が明察を示唆する場面も至妙である。この村重VS官兵衛という切れ者同士の腹の探り合いも、静閑で沈着ながら実にスリリングなのだ。

 四章それぞれの怪事を追ってページを繰る手が止まらなくなるのと同時に、村重の人物の妙にも魅入られていく。不可解で頑(かたくな)な謀反人といった観念は覆され、むやみと激高せず、客観的に物事を見られる冷静な男がそこにいる。「疑わしきは斬る」信長への反動として、人質を殺さず、命に背いた家臣も生かす。この彼の生き方、士分としての在り方こそが、信長への最大の叛意(はんい)ではないか、とすら思えてくる。それだけに、城内の空気が徐々に変じ、村重に向けられる家臣たちの目が冷ややかに転じていく様に、まるで自分が誹(そし)られたような憂いを覚える。そうして終盤、事件の糸を引いていた人物に行き着き、その理由が明らかになったとき、驚きとともに「進めば極楽、退かば地獄」の戦国乱世の無常さが、濁浪(だくろう)となって押し寄せてくる。

 はて、理(ことわり)なき世を生きる己を支えるのはなにか。ふと我が身に翻り、惟(おもんみ)ることになった。

読売新聞
2021年9月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加