読者の〝推理〟を軽々と飛び越える、本年度屈指のミステリ――『朝と夕の犯罪』降田 天 書評

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

朝と夕の犯罪

『朝と夕の犯罪』

著者
降田, 天
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041111642
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

読者の〝推理〟を軽々と飛び越える、本年度屈指のミステリ――『朝と夕の犯罪』降田 天 書評

[レビュアー] 吉田伸子(書評家)

■書評家・作家・専門家が新刊をご紹介! 
本選びにお役立てください。

『朝と夕の犯罪』 著者 降田 天

朝と夕の犯罪 著者 降田 天
朝と夕の犯罪 著者 降田 天

■『朝と夕の犯罪』著者:降田 天 書評

■評者:吉田伸子

 横断歩道の向こう側とこちら側。それがアサヒとユウヒ兄弟の十年ぶりの再会だった。大学の政経学部に通う二十歳のアサヒと、ラーメン屋でバイト店員をしている十九歳のユウヒ。
 十年前、二人は父親と三人で車上生活をしていた。三人の放浪生活の始まりは九州で、そこからゆっくりと北上を続け、やって来たのが小京都と呼ばれる古い町・神倉だった(ここで、降田さんの読者なら、! となるはずだけど、そこは後ほど)。
 三人の活計は窃盗だ。神社の賽銭箱から賽銭をくすねたり、彼らが〝ホテル〟と呼ぶ道の駅(駐車場での車中泊は無料だし、トイレも使える、手洗い場で水を飲んだり体を洗える)での置き引きや車上荒らし。
 真っ当な暮らしではないことは、アサヒもユウヒも、もうわかっている。学校にも行けないし、友だちだっていない。食事だって、その日の稼ぎ次第。けれど、彼らには「お父さん」がいた。ヘビースモーカーでアル中ぎみ。情緒も不安定で、アサヒとユウヒは常に彼の顔色をうかがっている。それでも、彼ら三人は「家族」だった。
 けれど、終わりは突然やって来た。「お父さん」が突然死んでしまったのだ。つるかめ湯、という銭湯に置き去りにされた形となったアサヒとユウヒは、以後、離れ離れとなる。アサヒは、「お父さん」の元妻で、今は歯科医の夫と再婚している母親のもとへ。ユウヒは、神倉にある児童養護施設を経て、その施設職員の里子に。
 アサヒとユウヒ、二人の再会は思いがけない方向へと転がり始める。連絡先を交換し、後日、一人暮らしのユウヒのアパートを訪れたアサヒは、ユウヒから狂言誘拐を持ちかけられるのだ。協力できない、と断ったアサヒだが、ユウヒから〝切り札〟を出され、心ならずも加担することに。第一部は、この狂言誘拐の顛末と、苦い終わりまでが描かれる。

 第二部は、第一部から八年後だ。冒頭に登場するのは、(待ってました! の)神倉駅前交番に勤務する狩野雷太。住民からの通報を受け、単身者向けの小規模なマンスリーマンションに向かった狩野が発見したのは、二人の幼児。すでに事切れて遺体となっていた女児と、意識朦朧となっている男児。
 事件発覚の翌日、幼児の母親が発見され、保護責任者遺棄罪で逮捕されるものの、その女性は取り調べに対し黙秘。事件の担当となった神奈川県警捜査一課所属の烏丸靖子刑事は、粘り強く取り調べを続け、彼女と向き合うのだが――。
 この第二部の事件が、第一部とどんなふうに絡んでくるのか。ミステリ通の読者であれば、この段階で〝推理〟のスイッチが入るはずだし、第二部が進んでいくにつれ、第一部との関わりの輪郭がうっすらと浮かび上がってもくるだろう。
 しかし、本書が優れているのは、そういう読者の〝推理〟を軽々と飛び越えて、飛び越えて、事件の結末まで駆け抜けていくところだ。だから、読み始めると、ページを繰る手が止まらなくなる。物語の先にあるものを、この物語の着地点を、見極めたくてたまらなくなるのだ。
 さてさて、降田さんの読者なら! となるはず、とか、(待ってました!の)狩野雷太警察官、とか、書きましたが、そう、本書は、「神倉駅前交番」シリーズの第一作である、連作短編集『偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理』に連なる作品で、シリーズ初の長編なのである。本書の発売に先駆け、『偽りの春』が文庫化されているので、そちらもあわせて是非。
 何よりも本書が素晴らしいのは、倒叙ミステリとして優れているだけではなく、「何故」事件が起こったのか、起こらねばならなかったのか、の解き明かしが絶妙だからだ。もちろん、そこには狩野の元刑事としてのずば抜けた〝嗅覚〟があるし、謎解きの支点になっているのも事実。
 けれど、それよりも、本書が力点をおいて描き出しているのは、さまざまな「家族」の形であり、「家族」だからこそ起きてしまう悲劇である。同時に、その再生も。
 作中に象徴的に使われる『ドン・キホーテ』のエピソードも沁みる。
 本書が今年度下半期屈指のミステリであること、請け合います!

■作品紹介『朝と夕の犯罪』降田 天

読者の〝推理〟を軽々と飛び越える、本年度屈指のミステリ――『朝と夕の犯罪』...
読者の〝推理〟を軽々と飛び越える、本年度屈指のミステリ――『朝と夕の犯罪』…

朝と夕の犯罪
著者 降田 天
定価: 1,870円(本体1,700円+税)
発売日:2021年09月29日

日本推理作家協会賞受賞シリーズ。慟哭必至のミステリ。
別々の人生を歩み、10年ぶりに再会したアサヒとユウヒの兄弟。ふたりはある目的のため、狂言誘拐を実行に移す。その犯罪は成功したかに見えたが、思いもよらない結末を迎えることになった。
それから8年後、神倉駅前交番の警察官・狩野雷太は、マンションの一室で衰弱した男児を保護する。男児の傍らには、餓死した妹の亡骸があった。神奈川県警捜査一課の烏丸靖子は兄妹の母親を取り調べるが、彼女がかつて誘拐事件に巻き込まれていたことがわかり、状況は一変する。悲劇的な事件の裏に横たわる、さらなる衝撃とは――。 
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322011000436/

読者の〝推理〟を軽々と飛び越える、本年度屈指のミステリ――『朝と夕の犯罪』...
読者の〝推理〟を軽々と飛び越える、本年度屈指のミステリ――『朝と夕の犯罪』…

KADOKAWA カドブン
2021年09月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク