財務省「人材劣化」の危機に米国流「回転ドア」の兆し

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財務省の「ワル」

『財務省の「ワル」』

著者
岸, 宣仁, 1949-
出版社
新潮社
ISBN
9784106109164
価格
814円(税込)

書籍情報:openBD

財務省「人材劣化」の危機に米国流「回転ドア」の兆し

[レビュアー] 小黒一正(法政大学経済学部教授)

 本書は財務省の前身である大蔵省時代から長年にわたり官僚をウォッチしてきたジャーナリストが執筆したものである。書籍タイトルの「ワル」とは、いわゆる「悪人」を指すのではなく、人たらしの本性そのままに清濁併せ呑む「できる男」「やり手」といったニュアンスをもつ。

 評者も1997年に大蔵省に入省した元キャリア官僚だが、当時の大蔵省にはそのような人間的な魅力をもつ人材が多くいた。その一人が、例えば、本書にも登場する香川俊介氏(最終ポストは財務事務次官)だ。香川氏の最大の功績は、病魔に襲われながらも、2012年の3党合意(自民・公明・民主)による社会保障・税一体改革を支え、14年の消費税率引き上げに尽力したことであろう。国家国民のために命を削り、15年8月に世を去った。

 しかしながら、01年の中央省庁再編により、「官庁の中の官庁」と呼ばれた大蔵省は財務省に改組され、政治主導が強化されるなか、官僚に求められる役割や能力が大きく変わってきている。また、霞が関の過酷な労働環境の実態が明らかになるにつれ、キャリア官僚志望者が大幅に減少し、退職する幹部候補生が驚くほど増えてきているのも本書が指摘する通りである。実際、省庁の幹部候補生を採用するための旧「I種」試験の倍率は90年代に30倍を超す年(97年は30・7倍)もあったが、現在の国家公務員採用総合職試験の倍率は7・8倍にまで低下している。

 本書は、「人材が劣化していけば、おのずと組織も衰退していくのは避けられない」と危機感を露わにし、「今こそ国家公務員試験の採用方法の見直しをはじめ、人材面に重点を置いた抜本改革に着手すべき時期に来ている」と指摘するが、評者も全く同感である。

 もっとも、その処方箋が示されていないのは少々残念であるが、ヒントは本書の後半に登場する金融庁の事例で若干扱われているようにも思われる。官民の間を行ったり来たりする、いわゆる米国流の「リボルビング・ドア(回転ドア)」である。

 日本経済が抱える基本的な問題は人口減少・低成長・貧困の拡大であり、財政のみでなく、米中対立や新型コロナウイルスの感染拡大なども複合的に加わり、深刻さを増す一方だ。現在の官僚はかつての官僚と求められる能力の何が変わったのか、政治的な調整力よりも真理の探究力なのか。財務省という組織の在り方を通じてその理解を深めるために、一読の価値がある。

新潮社 週刊新潮
2021年10月7日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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