「事件」は文芸誌で起きるんじゃないSNSで起きる

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「事件」は文芸誌で起きるんじゃないSNSで起きる

[レビュアー] 栗原裕一郎(文芸評論家)


新潮2021年10月号

 先日芥川賞を受賞した台湾の作家・李琴峰に対し、医師でミステリ作家の知念実希人が差別的発言をして謝罪するという事件が9月初旬に起こった。知念の謝罪を李が受け入れて和解が成立したが、両者への誹謗中傷はまだ続いている。

 あらましはこうだ。自民党政権に批判的な李が「まず思い切り野党に任せてみてはどうか」と政権交代を提言するツイートをしたところ、知念が「マジでなんで外国籍の作家さんがここまで露骨に日本で政治活動しているのか」「安倍前首相や自民党に対するヘイトが迸りすぎていて怖い」と噛みついたのである。

 李は、個人の見解を「外国籍」を強調して「政治活動」だとするのは、「外国人は発言をするな」と言うに等しい「国籍差別」だと反論した。知念は「外国籍の方の政治活動は禁止されている」との思い込みによる「差別的な発言」だったと謝罪・撤回した。

 知念の釈明で興味深いのは、発言が過激化したプロセスへの自己分析だ。コロナ禍以降、知念はウイルスやワクチンに関する情報を精力的に提供してきた。反ワクチンのデマ退治をするうちに攻撃的になり、「専門とする言葉を武器に使って」しまったというのだ。

 ワクチンをめぐる批判はマスコミや立憲民主党などにも向けられており、ワクチン政策の正当な面を代弁するうちに現政権へのシンパシーが強まったようだ。エコーチェンバー現象が傾斜を加速させもしただろう。

 芥川賞受賞記者会見で「忘れてしまいたい日本語は?」との質問に「美しいニッポン」と答えたことによく表れていたように、李は反安倍意識が強く、受賞直後から「ネトウヨ」(李いわく)の攻撃に晒されてきた。知念の一件は火に油を注ぐかたちになったわけだが、李のこれまでの批判に、本人も一部認めるように、思慮の浅い、言葉の雑なものがあったのも事実だ。反安倍一色に染まってきた「文壇」の弊害という側面も、この事件にはあったのではないか。

 文芸誌10月号は全体に低調だった。唯一面白かったのは乗代雄介「皆のあらばしり」(新潮)だが、前作『旅する練習』より軽い。

新潮社 週刊新潮
2021年10月7日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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