貴族社会をのしあがっていくサロンの女主人
[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「派閥」です
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派閥が世の中を動かしている。その様相を描くとき、フランス文学では社交界が重要テーマとなった。社交界の人間模様が政治経済とも連動しているからだ。
派閥力学と恋愛ドラマを鮮やかに結びつけた作家がプルーストである。『失われた時を求めて』は文庫版で全14冊の長さに加えて文章も難解、手強い超大作だ。しかし第一篇第二部「スワンの恋」は独立した作品として無理なく読み通せる。プルースト芸術への入門に最適。
スワンは色好みの美術愛好家で大金持ち、上流社交界の人気者だ。そんな彼が、ヴェルデュラン夫妻が催すぱっとしない夜会に出入りするようになる。ちょいと気になる女オデットがそこの常連であるためだ。
意外にも、ヴェルデュラン家のサロンは女主人への絶対服従を旨とする厳しい統制の下に置かれていた。ヴェルデュラン夫人は上流社交界を激しく妬み、上流連中など退屈きわまる、うちこそが最高と空威張りする。それに賛同しない新入りはたちまち除名だ。つまりそこは「信者」たちが結集する場だったのである。
オデットにこだわるスワンはその小集団に深入りしていく。ヴェルデュラン夫人は上流貴族側からは歯牙にもかけられない。だが「信者」たちの忠誠と持ち前の図太さに支えられ、夫人は堂々のしあがっていく。ただしその栄達の行く末を見届けるには大長編を完読する必要があるのだが。
派閥の陰―いや中心―に女ありというのがフランス文学の教えである。