“今日”を想起させる政治エンターテインメント――池井戸潤『民王 シベリアの陰謀』書評

レビュー

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民王 シベリアの陰謀

『民王 シベリアの陰謀』

著者
池井戸 潤 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041117170
発売日
2021/09/28
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

“今日”を想起させる政治エンターテインメント――池井戸潤『民王 シベリアの陰謀』書評

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

■“今日”を想起させる政治エンターテインメント――『民王 シベリアの陰謀』書評

■評者:村上貴史

 かつて、日本の総理大臣が“未曾有”や“踏襲”という漢字を正しく読めない姿を露呈したことがあった。その姿を見た池井戸潤は、総理大臣ともあろう者が一体何故こんな漢字すら読めないのかという疑問を抱き、理由を考えた。そしてそれを小説に仕立てた。二〇一〇年刊行の『民王』である。この小説で池井戸潤が示した“理由”については、是非『民王』をお読み戴きたいのだが、ここで少しだけお知らせしておくと、総理大臣である武藤泰山の息子――翔というバカ息子の大学生――が関与しているというものだった。
 かくして泰山と翔のコンビを主役とする“政治コメディ”が繰り広げられることになるのだが、もちろん池井戸潤の小説のこと、『民王』は、それだけでは終わらない。武藤泰山と翔の行動を通じて、政治とは何かを正面から問う小説ともなっていたのである。さながら、『半沢直樹』が、銀行とはいかにあるべきかを正面から問うたように。
 その『民王』から十一年が経過した今年、いよいよ続篇『民王 シベリアの陰謀』が刊行されることとなった。主役を務めるのは、もちろん武藤泰山と翔だ。彼らが今回巻き込まれたのは、未知のウイルスが日本を襲う、という騒動である。

民王 シベリアの陰謀 著者 池井戸 潤 定価: 1,760円(本体1,...
民王 シベリアの陰謀 著者 池井戸 潤 定価: 1,760円(本体1,…

 武藤泰山が、その第二次内閣における目玉人事として環境大臣に抜擢したのが、元プロレスラーという経歴を持つ高西麗子だった。リングネームの「マドンナ」が、そのまま環境大臣としての愛称にもなっている。そんな彼女が主役を務めるパーティにおいて、千人近い参加者の前で、事件は起こった。挨拶の途中で高西が暴れ始めたのである。マドンナは取り押さえられて病院に搬送され、やがて、その大暴れの原因が新種のウイルスであるらしいことが判明した……。
 新型ウイルスの猛威や、緊急事態宣言による行動の抑制、そしてそうした窮屈な日常を強いる政権に反発する人々など、まさに“今日”を想起させる小説である。とはいえ、本書はあくまでも池井戸潤による小説だ。新型コロナ以降の日本人の行動の“何故”に着目しつつも、政治的ピンチと正攻法で戦い続ける泰山や、泰山の別働隊として奮闘する翔の物語として、きっちりとオリジナルのエンターテインメントに仕上がっている。特に未知なる土地での翔のお気楽でお間抜けな冒険は、従来の池井戸小説にはなかったテイストであり、新鮮で、かつ圧倒的に愉しい。
 そんな本書はまた――前作と同じく――コメディのなかに、きわめて真っ当な問題提起を配置している。政治家と国民はいかに向き合うべきか。そんな問いを、人気とりに長けた都知事や、とにかく選挙という長老政治家たちを登場させながら、読む者に投げかけているのである。結果として『民王 シベリアの陰謀』は、総理大臣とその息子という、おそらくは多くの読者とかけ離れた存在を主人公に据えながらも、この上なく身近な小説として成立している。池井戸潤のバランス感覚の凄味を実感できる一冊なのだ。
 本書はさらに、生き方について考えさせる小説でもある。翔と行動を共にする一人の研究者を通じて、真面目にコツコツと研究を進める者、あるいは、たとえ他人の成果であろうと自分の手柄にして、それを通じて利益を得ようとする者など、様々な研究者の姿が描かれているのだ。これらの人物は、現代人の生き方が投影された存在といえよう。真面目に生きるか、ずる賢く生きるか、そして、どちらが評価される社会を目指すのか。やはり身近な問題である。
 と、いささか堅苦しく語ってしまったが、この『民王 シベリアの陰謀』は、もちろんとことんエンターテインメントである。首相親子の危機との闘いを、是非ご堪能あれ。

■作品紹介『民王 シベリアの陰謀』

“今日”を想起させる政治エンターテインメント――池井戸潤『民王 シベリアの...
“今日”を想起させる政治エンターテインメント――池井戸潤『民王 シベリアの…

謎のウイルスをぶっ飛ばせ!!
「マドンナ・ウイルス? なんじゃそりゃ」第二次内閣を発足させたばかりの武藤泰山を絶体絶命のピンチが襲う。目玉として指名したマドンナこと高西麗子・環境大臣が、発症すると凶暴化する謎のウイルスに冒され、急速に感染が拡がっているのだ。緊急事態宣言を発令し、終息を図る泰山に、世論の逆風が吹き荒れる。一方、泰山のバカ息子・翔は、仕事で訪れた大学の研究室で「狼男化」した教授に襲われる。マドンナと教授には共通点が……!? 泰山は、翔と秘書の貝原らとともに、ウイルスの謎に迫る!!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322104000661/

■『民王 シベリアの陰謀』刊行記念! 池井戸潤インタビュー

“今日”を想起させる政治エンターテインメント――池井戸潤『民王 シベリアの...
“今日”を想起させる政治エンターテインメント――池井戸潤『民王 シベリアの…

KADOKAWA カドブン
2021年10月01日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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