島田謹二 このアポリヤを解決する道はないか 小林信行著 ミネルヴァ書房

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島田謹二

『島田謹二』

著者
小林 信行 [著]
出版社
ミネルヴァ書房
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784623092383
発売日
2021/08/23
価格
4,950円(税込)

書籍情報:openBD

島田謹二 このアポリヤを解決する道はないか 小林信行著 ミネルヴァ書房

[レビュアー] 栩木伸明(アイルランド文学者・早稲田大教授)

比較文学 修行の軌跡

 本書は日本に比較文学研究を根づかせた学者の評伝である。東京日本橋に生まれ、少年の頃海軍にあこがれた島田謹二(1901~93年)は、やがて詩歌に目覚め、英文学からフランス文学へ分け入った。戦後、東大に比較文学課程ができると、初代主任として後進を育成し、退官後も多くの大学、文化セミナーなどで文学のおもしろさを教え続けた。

 島田の数多い著書の中で最も広く知られているのは、日露戦争で活躍した海軍軍人、広瀬武夫と秋山真之を「文人」ととらえ、「明治ナショナリズム文学」の視点から、彼らの外国体験を描いた画期的な評伝群だろう。

 学びの原点にはフランス人による英文学研究があった。外国文学研究の先例にならって、島田は、日本人が英文学を読むさいのヒントを探した。昭和初期、台湾の台北帝国大学で教壇に立ち、英仏日の文学を多読することで比較文学の基礎的教養を養った。留学する代わりに書物から徹底的に学んだのだ。

 本書副題の「アポリヤ」は島田が考え続けた、外国文学研究は可能かという「難問」を指す。この問いは今でもぼくたちの目の前に立ちはだかっているが、彼は比較文学という「奇襲法」によって、「答え」にたどり着こうとした。

 模索の一環として、彼は明治大正時代の西洋文学の翻訳を称揚し、詩人や小説家が西洋的材源を翻案しながら文学を近代化していく事例をたどった。それらの先駆的な研究は今も輝き続けている。

 目を見張るのは、島田が本の虫であるとともに、文芸家たちに好かれたところ。西條八十、日夏耿之介、堀口大學、佐藤春夫などを訪ねて語りあううちに、彼らは皆、島田の鑑賞者としての非凡な力量を認めた。書物の精読と、創作者との語らいを両輪とする、文学武者修行の積み重ねが、創造的な読解者を育てたのだ。

 島田はまた、独特の抑揚をつけて詩歌を朗唱し、文学作品の舞台となった土地を訪ねる旅も好んだという。本書の著者は生前の島田に長年随行し、肉声に親しんだ英学史研究者である。

読売新聞
2021年9月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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