性格の意地悪さを隠していないところが素晴らしい――万城目学も唸った、ハライチ・岩井勇気のエッセイが面白い理由

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どうやら僕の日常生活はまちがっている

『どうやら僕の日常生活はまちがっている』

著者
岩井 勇気 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103528821
発売日
2021/09/28
価格
1,375円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

岩井スタイルの秘密

[レビュアー] 万城目学(作家)

万城目学・評「岩井スタイルの秘密」

 岩井勇気氏の文章にはじめて触れた場所は、わざわざ正直に書く必要もないのだが、トイレの中だった。

 毎月、仕事場に送られてくる複数の文芸誌を、私は洗面所の入口に積み上げている。そこから気ままに一冊をピックアップし、トイレに向かう。必要以上、トイレで長居するタイプではないので、自然、目を通すのは連載エッセイなど、ページ数が少なめのものになりがちだ。

 そこで岩井勇気氏のエッセイに出会った。

 つまり、「小説新潮」を手に、私は便座に腰かけた。そのとき読んだのが、本書でも一、二を争うインパクトを放つ「脚立に気をとられ披露宴をすっぽかす」の回だった。

 ずいぶん、おもしろい文章を書くな、この人――。

 何の先入観も持たずに読んだ岩井勇気氏のエッセイに、私は鮮烈な印象を抱いた。その後、またもやトイレにて、今度は「夏休みの地獄の2日間の思い出」の回に遭遇した。これまた、本書で屈指のおもしろさを誇る一編である。

 岩井氏のエッセイは何がおもしろいのか。

 いくつかの要素に分解すると、まず、普通ではない雰囲気がそこかしこから滲み出ているのに、決してそれをひけらかさない品のよさがある。常に客観的視点を保つことで、乾いた空気感の演出がなされているところも心地よい。エッセイを書くうえで実はもっとも難しい、「日常で勝負する」というストロングスタイルを採用している点も好感度高しだ。何よりも、著者の性格が意地悪であることがストレートに伝わってくるのがすばらしい――。

 なんて感想をつらつらと、人知れずトイレの中で紡いでいたので、本書が単行本として刊行されるにあたり、この書評依頼が舞いこんだときは驚いた。見られているのか、ウチのトイレ、と思った。

 こうして一冊にまとまったものに目を通したとき、改めて際立つのが岩井氏独特のエッセイの「型」である。

 岩井氏のエッセイは、まず水たまりにじゃぽんと入る(たとえば、なにがしかのトラブルが発生する)ところから始まる。

 それから、汚れてしまった自分の足元や、水たまりの周囲に配置されたものの様子を事細かに描写する(トラブルのなかで見える風景を続々と挙げていく)。その密度はときに病的なほどで、「この人、細かいなあ」と呆れるやら感心するやらしてしまうのだが、毎度不思議なのは、この岩井氏の細かな分析が、エッセイのスタート地点である、「水たまりに入る」部分にはいっさい適用されない点である。

 私のファースト岩井エッセイだった「脚立に気をとられ披露宴をすっぽかす」など、まさにこの構図が当てはまる。

 エッセイはまず、ホームセンターに脚立を買いに行くシーンから始まり、そこに同級生からのメールが舞いこむ。内容は「披露宴には来ないのか?」と岩井氏に確認するもので、実は今日、同級生の披露宴に参加する約束をしていて、しかもスピーチを引き受けたにもかかわらずスケジュールを完全に失念し、それどころか今この瞬間に披露宴は始まっている、というとんでもない状況が開示されるのである。

 その後、岩井氏はすさまじいばかりに細かくなる。

 披露宴に急行する途中、コンビニで買った飲み物の話や、電車内でスマホゲームのレベルが2上がった話などを紹介しつつ、遅れて披露宴に向かう情けない己の心情をひたすら噛み砕いて表現していく。だが、奇妙なのは、

「何で、大事な友人の披露宴の存在を、ここまで忘れられるのか。こんな細かい性格の人なのに」

 という根本の問題についてはいっさい触れないのだ。

 エッセイ冒頭で示される、「僕には、あらゆるものを忘れてしまう欠点がある」という大雑把すぎるエクスキューズが最初で最後の説明である。しかも、「あらゆるものを忘れてしまう」と言う割には、各エッセイとも細部の描写が異様にリアルで、およそ忘れっぽい人間の文章でないことは明らかだ。

 これが岩井スタイルの秘密なのだろう。

 毎度、じゃぽんと水たまりに入ってしまったところからエッセイが始まるも、なぜそこに足を踏み入れたのか、という部分について、岩井氏はとにかく言及しない。説明すべきことが省かれ、別に説明しなくてもいいことが丹念に説明される――、このスタイルのおかげで、彼のエッセイはどこかねじれた、独特な非日常感を醸し出すことに成功している。

 本書のラストには、編集者のオファーを受け、岩井氏がはじめて書く短編小説が収録されている。

 これが見事に岩井スタイルである。

 日常から、非日常へ、その切り替えは唐突というより、抜け抜けとしている。やはりそこに明確な説明はない。当たり前の顔で移行する非日常の世界で、待ってましたとばかりに細部への執念深い描写が展開される。

 おもしろい文章を書く、おもしろい人という評価は変わらない。だが、何を考えている人なのかよくわからない、というのが、本書を読み終えての、岩井勇気氏への偽らざる実感である。

新潮社 波
2021年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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