「イルカと話す研究なんてして何になるの?」 イルカ研究の第一人者が疑問に答える

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イルカの心が見えるとき

[レビュアー] 村山司(東海大学海洋学部教授)


イルカ研究の第一人者が疑問に答える

村山司・評「イルカの心が見えるとき」

猫の言葉がわかるとされるアプリ「ニャントーク」が昨年話題となった。これは猫の鳴き声を聞き取ることで、怒りや幸せ、飼い主を呼ぶといった気持ちを読み取ることができるサービスだ。このように動物の言葉を知りたいと思う需要は高く、子供の頃に抱く夢のひとつでもある。まさにその夢を追い求めた研究者の一人が東海大学海洋学部教授の村山司さんだ。いつかイルカと話したい――そんな夢を追い求めて、今やイルカ研究者の第一人者となり、新書『イルカと心は通じるか―海獣学者の孤軍奮闘記―』も刊行した村山さんが、「イルカと話す研究なんてして何になるの?」という疑問に対する答えは実にシンプルだった。

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 日本にはいくつかテーマパークがある。そこではさまざまな動物の格好をしたキャラクターが音楽に合わせてヒトのことばで歌ったり踊ったりして人々を楽しませている。もちろん、こうした動物たちは本物ではない。また、テレビや映画のアニメでもいろいろな動物がヒトのことばで会話をしている。しかし、これも虚構の世界である。他にも、古くから多くの説話や童話にヒトが動物と話すシーンが登場している。なぜだろう。

 私たちヒトは、本当は心の中に動物と話がしたいという夢を持っているのではないだろうか。でも、それがかなわないから、着ぐるみやアニメの動物にその想いを託しているのかもしれない。

 動物と話すことは本当にできないのだろうか。そんなことを真剣に研究してきた。お相手はイルカ。高校時代、偶然、テレビでイルカと研究者が「会話」している映画を見て、「イルカと話す研究をしたい」と決めた。一目惚れした相手と結婚して幸せな生涯を送る人がいるように、たまたま見た映画で自分の将来を決め、その夢に向かって一途に研究をしてきた。本書ではそんな顛末を綴っている。

 世の中にはいろいろな価値観がある。大勢の前で自分の歌声を披露することを喜びに思う人もいれば、世の中を動かすために政治家を志す人もいる。不思議に思うことを解明したいという知的好奇心も価値観の一つかもしれない。この価値観で懐具合は豊かにならないが、心は豊かになる。そう、楽しいのだ。それは「イルカと話す研究なんてして何になるの」という問いへの答えでもある。

 ただ、野生のイルカの生態についてはよく研究されているが、イルカの内面を知る知能や心理の研究はなかなか進んでいない。そこで、イルカに知能テストのような実験をして、彼らの知性の一端を明らかにしてきた。実はイルカはこちらの顔色を見たり、ひらきなおったりと、ヒトそっくりの行動をするし、ヒトと共通した知的特性もある。「かわいい」だけではなく、「賢い」のだ。言葉を覚える素質は十分ある。

 こうした研究には、言葉の通じない相手を理解するにはどうしたらいいか、そのヒントも見え隠れしている。知性を知り、そして、そばで見て、さわって、話しかけて、そんなことを続けていくと、彼らの立ち居振る舞いから、気持ちや考えていそうなことが透けて見えてくる。言葉はなくとも、心が見える瞬間がある。そんな感動を本書で少しだけ皆さんにおすそわけしたいわけである。

 水族館ではイルカは人気者である。イルカを楽しむのに難しい知識や理屈はいらない。見たまま、あるがままに楽しめばいい。でもほんのちょっと彼らの知性について科学的な側面を知っていれば、イルカの顔も違って見えるにちがいない。

新潮社 波
2021年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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