「“もしも家で母さんが死んじゃっていたらどうしよう”っていつも考えていた」――『子ども介護者 ヤングケアラーの現実と社会の壁』書評

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子ども介護者 ヤングケアラーの現実と社会の壁

『子ども介護者 ヤングケアラーの現実と社会の壁』

著者
濱島 淑惠 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784040822846
発売日
2021/09/10
価格
990円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「“もしも家で母さんが死んじゃっていたらどうしよう”っていつも考えていた」――『子ども介護者 ヤングケアラーの現実と社会の壁』書評

[レビュアー] 安田菜津紀(フォトジャーナリスト)

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『子ども介護者 ヤングケアラーの現実と社会の壁』
著者 濱島 淑惠

「“もしも家で母さんが死んじゃっていたらどうしよう”っていつも考えていた」...
「“もしも家で母さんが死んじゃっていたらどうしよう”っていつも考えていた」…

■『子ども介護者 ヤングケアラーの現実と社会の壁』書評

■評者:安田菜津紀

「学校からの帰り道、“もしも家で母さんが死んじゃっていたらどうしよう”っていつも考えながら歩いていました」。精神疾患の母親を10代でケアしていた青年が、こう語ってくれたことがあった。「日本語が分からない親たちが役所に行くとき、いつも私が通訳しに行くんです。必要だって分かってても、“なんでその間、友達は別のことをしていられるのに私だけ”って思っちゃうんですよね」。両親が日本で難民申請をしたという高校生の女性が、切実な思いを打ち明けてくれたこともあった。二人とも、この日本社会で生きる「ヤングケアラー」の一人だろう。

「ヤングケアラー」という言葉は、最近まで社会的にあまり認知されていなかった言葉ではないだろうか。『子ども介護者 ヤングケアラーの現実と社会の壁』では、その定義の難しさからも考えさせられる。どこまでがケアにあたるのか、どの年代までを入れて考えるのか――議論は必要ではあるが、本書ではひとまず「何らかの疾患、障がいを有する、高齢である、または幼い家族・親族がいて、そのためにケア(家事、介護、感情的サポート、通訳等)を担っている子ども・若者」というイメージで読んでもらえたらと、筆者は記している。

文部科学省「学校基本統計(学校基本調査報告書)」で把握されている2020年5月時点での高校生の人数と、本書に記されている筆者らの高校生への調査を照らし合わせると、全国のヤングケアラーの人数は10万人以上にのぼることになる。

もちろん、表面だけをとらえ、ケアをしていること自体を一概に良し悪しだけで語ることはできない。誰のどんなケアをしているのか、それはどの程度時間を割かなければならないものなのか、一口に「ケア」といってもあまりに多様であり、担っている子どもたち皆が、負の影響を背負っているとはいえない。筆者は「ヤングケアラー」という言葉を、一面的なステレオタイプで塗り固めてしまうことへの警鐘も鳴らしている。ただ、過度なケアはケアラー自身の健康を害したり、社会とつながる機会を奪ったり、思うような進路を選べず、その後の人生に多大な影響を及ぼしたりしてしまうリスクがあることを、本書は具体的な声も踏まえて記している。

本書の中で、母と祖母のケアを担い続けてきた友也さんは、「ほかに、選択肢が、なかったです。自分がやるしか、なかった」と、「ひとりきり」で家族を支えてきた日々を振り返った。なぜ「ひとりきり」なのか。筆者らの調査では、ケアをしていることを誰にも話していないという回答が約半数だった。

時には「おばあちゃんの相手をする優しい孫」「一生懸命慰めているしっかりした子ども」程度にしか周囲に見られないケアもある。しんどさを訴えても、「家族なんだから」と諭される場合もある。「子どもがケアを担っているはずがない」という周囲の先入観も背景にある。そもそも「手伝い」という感覚で、ケアを担っているという自覚をケアラー自身が持っていない場合も多いという。

他の選択肢がないなかで、ただ目の前にいる家族を守ろうとしたら、社会から少しずつ引き剝がされていった――友也さんの置かれていた実態を、筆者はこう表現している。息抜きが何なのかも忘れてしまった、自身がサービスを利用できる権利があることも知らなかった、しんどい状態が当たり前で、しんどいことに鈍感になってしまった……。このように、「孤立」が彼ら彼女たちにもたらしたものが、本書ではそれぞれの言葉で語られていくが、そもそも、語ることができない、語っていいと気づけないケアラーたちが、どれほどこの社会にいるだろうか。

ヤングケアラーたちを多面的にとらえながらも、彼ら彼女たちが発するメッセージから普遍的な社会課題を受け止め、メスを入れていく必要があると筆者は語る。そもそも、最近まで実態調査も行われてこなかったのだ。どんな状況でのケアを、どの程度担っている場合に“負の影響”が起きやすいのか、それが明らかになれば、支援にもつながりやすくなる。さらなる実態調査とデータの蓄積が不可欠だ。

「自助」を掲げ続けていた菅政権だが、今年3月、ヤングケアラーの支援を表明した。一定のケアを家族が担わなければならない社会福祉の制度設計など、彼ら彼女たちが家庭内で抱える課題、家庭外で突き当たる壁はいくつもある。「助けてって言っていいんだ」と声をかけるのはとても大切だが、その声を安心して届けられるだけの受け皿を整えられるか、そもそも「助けて」と言わなければならない状況の手前で食い止められる社会の仕組みを築けるかが、引き続き問われている。

■作品紹介『子ども介護者 ヤングケアラーの現実と社会の壁』

「“もしも家で母さんが死んじゃっていたらどうしよう”っていつも考えていた」...
「“もしも家で母さんが死んじゃっていたらどうしよう”っていつも考えていた」…

子ども介護者 ヤングケアラーの現実と社会の壁
著者 濱島 淑惠
定価: 990円(本体900円+税)
発売日:2021年09月10日

クラスに1人以上いる…もう家族だけでは担いきれない
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/321809000004/

KADOKAWA カドブン
2021年10月06日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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