“正義”の所在を揺るがす中国問題“反対側”の視点

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“正義”の所在を揺るがす中国問題“反対側”の視点

[レビュアー] 西谷格(フリーライター)

 中国はヤバい、中国はこわい、中国はあぶない―。今の平均的な日本人が抱く対中感情をごく短い言葉で表すなら、こうなるだろう。中国ニュースを目にすれば、日本への領海侵犯やサイバー攻撃、ウイグル・香港への苛烈な弾圧……、という具合で、中国を嫌いになるなというほうが難しい。心温まるニュースなど、パンダの誕生ぐらいではないか。

 岸田文雄首相は総裁選に際して、「中国に大国としての振る舞いを訴えていく」と述べた。ごく常識的な発言だ。クアッド、オーカス、ファイブアイズと戦国時代さながらの中国包囲網が形成されるなか、日本も異形の大国に毅然と対抗せねばならぬ。こう考える人も決して少なくない。

 だが、そうした反中感情が行き過ぎてはならないと、本書はやんわりとたしなめる。それは本当に日本の国益に適うのですか?と。中国は日本の最大の貿易相手国であり、輸出入ともに2割を超える。中国依存からの脱却が叫ばれて久しいが、一向に実現しない。残念ながらというべきか、中国は当面、ケンカをして得する相手ではないのだ。損得の問題だけではない。米中対立や南シナ海の領土問題などを例に、我々が当たり前と思っている欧米陣営の主張が、正しいとは限らないと丁寧に検証する。

 私は2019年に香港デモを取材し、今月から現地で再取材を続けている。デモ現場では若者たちのまっすぐな姿に心を打たれた一方、「これはそう簡単な話ではないはずだ」という思いも抱いていた。それが後押しされた。米国務省の予算が割かれているNGO団体「全米民主主義基金(NED)」が香港の人権運動に約7600万円を援助したと公言していること、香港警察の強権的なデモ鎮圧はイギリス人幹部が主導したことなどは、日本ではあまり知られていない。抵抗者たちの背後にはアメリカやイギリスの影が垣間見え、弾圧される側にも私利私欲を含めた様々な思惑がある。だとすると、正義の所在がにわかに揺らぐ。

 その意味で、世界の見方を少し変える本でもある。地球上の諸問題をあちらの側から見てみると、まったく違う景色が広がるのだ。だが、著者の視点は冷静で、決して中国擁護が目的ではない。彼らからはこう見えているという事実を、淡々と伝えているに過ぎない。

 中国関連本というと中国国旗を想起させる真っ赤な表紙が目立つなか、本書の表紙は青色。毛色の違うものが存在する意義は、とても大きい。

新潮社 週刊新潮
2021年10月14日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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