『やさしい猫』中島京子著(中央公論新社)

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やさしい猫

『やさしい猫』

著者
中島 京子 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784120054556
発売日
2021/08/19
価格
2,090円(税込)

書籍情報:openBD

『やさしい猫』中島京子著(中央公論新社)

[レビュアー] 柴崎友香(作家)

すぐそばの誰かの話

 シングルマザーで保育士のミユキさんは震災ボランティアに訪れた東北でクマさんと出会う。東京での再会から紆余(うよ)曲折ののちに婚姻届を出した直後、スリランカ人のクマさんはビザの期限切れで入国管理局に収容されてしまう。次々直面する理不尽なできごとに、この家族がどう立ち向かっていくかの物語だ。

 ミユキさんの娘マヤの視点で描いているから、法律や裁判での難しい部分も読者がいっしょに知りながら読むことができる。マヤが語りかける「きみ」が誰なのかも物語の重要なポイントだ。そそっかしいところもあるが芯の強いミユキさん、とぼけた味のあるクマさん、マヤが恋するクルド難民の少年や裁判を共に戦う弁護士など、著者らしくユーモラスかつ真摯(しんし)に描かれる人々が、本作でも読者をひきつける。ビザの期限切れに至る経緯は、男性が稼がなければというプレッシャー、外国の人との結婚を不安に思う周囲の人たちへのミユキさんの心情などが絡み合い、身近にある先入観の話でもある。

 「在留資格」や「難民」といった言葉だけで、自分とは遠い、関係のないことだと線を引いてしまう人も多いかもしれない。短い報道から知るのは一部分だ。それが、顔が思い浮かぶ誰か、ここまでの人生がある誰かのこととして聞くだけで、身に迫って感じられる。小説だからこそ、一人の人を想像することができる。私自身、入国管理局や制度の現状について、関心を持っているつもりで知らないことばかりだった。入管や法廷で繰り返されるあまりに理不尽な扱いと理屈に、これが現在進行中の実態なのだと愕然(がくぜん)とし何度も胸が潰れそうになった。

 「やさしい猫」はクマさんが話してくれるスリランカの民話で、子ネズミの両親を食べてしまったことをその後に知った猫の話。マヤと幼馴染(なじ)みがこの「猫」の意味することを話し合う。

 今、すぐそばで起こっている現実に、私はなにができるだろうか。

読売新聞
2021年10月8日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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