『〈普遍性〉をつくる哲学 「幸福」と「自由」をいかに守るか』岩内章太郎著(NHK出版)

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<普遍性>をつくる哲学

『<普遍性>をつくる哲学』

著者
岩内 章太郎 [著]
出版社
NHK出版
ジャンル
哲学・宗教・心理学/哲学
ISBN
9784140912690
発売日
2021/06/25
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

『〈普遍性〉をつくる哲学 「幸福」と「自由」をいかに守るか』岩内章太郎著(NHK出版)

[レビュアー] 中島隆博(哲学者・東京大教授)

哲学の焦点 新たな問い

 哲学にとって普遍性をどう語るのがふさわしいのか。この問いが問われるのは、普遍性がどうにも普遍性らしくないからである。とりわけ、次のような批判がなされている。近代哲学が標榜(ひょうぼう)した普遍性は、西洋中心主義的で男性中心主義的で、権力性を帯びていたのではないか。こうした批判は主に構築主義と呼ばれる考え方が推し進めてきたものだ。それは「意識に与えられる存在は、必ず何らかの仕方で(略)構築されている」と考えるもので、普遍性といっても、特定の文脈において構築されたものにすぎず、不変の本質に根差してなどいないとなる。著者によると、ジェンダー論などは、構築主義を採用することで、「普遍性から締め出されて苦しむ多くの人間の心情を代弁」することができたという。

 こうしたプラスの面もあるものの、しかし、構築主義が極端化し、普遍性を断念してしまうと、また別の問題が生じる。それもよい、あれもよいの相対主義に道を明け渡して、かえって特殊な価値を無批判に認めることにもなりかねないのだ。

 ここに登場するのが、新しい実在論である。それは「物や事実それ自体を認識できるとする実在論」であって、価値の普遍的な基盤は実在し、構築されるわけではないとして、もう一度普遍性をその上に立て直そうというものだ。

 その際、重要なことは、新しい実在論が、構築主義もそこに属している認識論の罠(わな)から逃れようとしていることだ。認識論は人間の認識に「外部」を相関させる議論だが、それを退けて実在論を仕上げようというのだ。ところが、著者は新しい実在論とその普遍性要求を理解した上で、認識論を最も洗練したフッサールの現象学にもう一度戻ることを提案する。なぜなら、現象学は自我だけでなく他者の主観的認識を含み込んだ議論を通じて、普遍的な「合意」をもたらすことができるからだ。著者の議論がどこまで成功しているのかわからないし、認識論の優位には疑問が残るが、それでも普遍性が今日の哲学の焦点にあることを明らかにしたことは、重要な寄与だと思われる。

読売新聞
2021年10月8日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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